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2020年6月28日日曜日

FF4と聖剣の打ち上げ旅行

2018年5月19日土曜日

社員旅行の思い出

2003年7月11日金曜日

ドリマガ 2003.7.25

特集 さよならファミコン〜あの時の秘密〜

p20-21
人物:
・田中弘道 株式会社スクウェア・エニックス 開発担当 第3開発事業部 事業部長
1962年1月7日生まれ。A型
・石井浩一 株式会社スクウェア・エニックス 開発担当 第8開発事業部 事業部長
1964年7月9日生まれ。A型

PICKUP
・スクウェア設立当時は会社全体で企画が10人。プログラマーが10人くらい。植松伸夫が一番年上。
・ファミコン時代は宮本社長は全ジャンルしたいという意向があったみたい。
・宮本と鈴木尚がサンフランシスコのパブリッシャーとの会合でナーシャ をスカウトしてきた。
・ナーシャ ・ジベリ、1957年の生まれ。イラン出身。
・『水晶の龍』は次のRPGへのステップ的な作品と考えていた
・初代『聖剣伝説』はコンシューマ初のRPGとしてドラクエの1,2年前に企画されていたが、プログラマーがダウンしてしまった。
・FF1は最初坂口と石井しかいなかった。
・石井: "しかも、坂口は僕に「企画書を作れ」って言っておきながら、自分は社員旅行でハワイに行ってしまって(笑)"
・当時の坂口「RPGで確実に二番手を取りに行こう」
・FF1は、いかにドラクエと変えられるかがポイントだった。一番大事にしたのは世界観
・サイドビューバトル、バトルの背景、火水風土の属性、飛空挺
・当時は常に容量との闘いだった
・タイトルの由来、英語2文字でFFと呼ばれるようにしたいというのがあり、坂口が1日持ち帰って翌日「ファイナルファンタジー 」に。「ファイナルファイト」は「アルティメット」「究極」の意味


p21
人物
・北瀬佳範 スクウェア・エニックス 第1開発事業部 部長
PICKUP
・入社したのは、ちょうどスクウェアが御徒町から赤坂に移転したころ。井上信行や伊藤賢治とほぼ同期の入社
・最初に配属された聖剣伝説、経験者は石井と渋谷員子だけであとは新人の10人ほどのチーム
・河津秋敏からサガ1のデータ資料をもらって、ゲーム作りを教えてもらった
・佳境は毎日のように徹夜。同じように徹夜組だったFF4チームによく構ってもらった。
・ロマサガ 1は作っている最中は参加スタッフでさえどんなゲームか想像がつかなかった。マスターアップ近くに全容があきらかになってきて、すごいゲームの誕生に立ち会っていると感じた。
・SFCの製品版とマリオワールドが届いたときは、全社員リフレッシュルームで盛り上がった
・SFCで思い出深いのはFF5のエンディング。最初に見たときは鳥肌がたった。SFCならではの演出
・他社で好きだったゲームはFCのナポレオン戦記、PCエンジンのF1サーカス、ディスクシステムのアイスホッケー

1992年12月18日金曜日

ログイン 1993年1月1日15日号

ページ:
作品:
形式:求人広告
人物:
・佐々木洋勝
開発部
グラフィック。F.F.Vではバトルグラフィックを担当。スクウェア入社前は、外注ソフトウェアで、有名なアーケードゲームのグラフィックを描いていた。
・渡邊典子
宣伝部
大学3年生からスクウェアでユーザーサポートのアルバイトの後、新卒で入社。今回、大量のお土産を買い、荷物の多さから「かさばり大魔王」の称号を得る。
・谷川清美
営業部
入社4年目。元は広告代理店に勤めていた。スポーツ大好き、水泳には少々自信あり。絶叫マシンに凝っていたことも。
・土橋生哉
開発部
企画。入社2年目。F.F.Vでダンジョンマップを担当したのが、最初のゲームになった。大学では、生物学を専攻し、ネズミを追いかけて一晩過ごしたこともある。


PICKUP:
・今回の社員旅行は6カ所から選べる。フロリダ、カナダ、イタリア、バリ、オーストラリア、ハワイ。
・旅費によって小遣いが変動する。
・開発部最年少 宮川義之(18)

1992年6月15日月曜日

ログイン 1992年6月5日号

ページ:
作品:
形式:求人広告
人物:
・高橋哲哉
グラフィック
入社して、約1年半。他のソフトハウスで、グラフィックの仕事をしていて、ログインに載った募集広告でスクウェア入社。最新作は『FFIV』。担当はBGやモンスター、その他視覚効果部分などだが、とにかく残った仕事全部引き受けた人。
・小久保啓三
プログラム
ロマンシング サ・ガのプログラマー。入社1年半。以前は別のソフトハウスで、原子炉の制御や製鉄所のクレーン制御などを、現場に出かけて命懸けで手掛けていた。ソフトウェアをやる人でゲーム好きなら、ゲームプログラマーをぜひやって欲しいという優しい先輩。
・石井浩一
企画
高校の時、ソフトコンテストで優勝したり2位になったりするのを「仕事」にしていた強者。大学ノート2枚ぐらいにアイデアをまとめ、パッと送って50万なり。大学時代は水商売に浸り、やがていくつかのソフトハウスを経た後、銀座の大理石のビルに魅せられてスクウェア入社。FFのサイドビューバトルの生みの親として知られる。

PICKUP:
・ハワイ8泊10日の社員旅行。これまでの実績はハワイ、グァム、ハワイ、ハワイ。
・石井は最初のハワイ旅行、社員じゃなかったので行けなかった。FFのバトルシーンはその時考えた。
・警備員を3回ほど呼んでしまい、同じホテルには来年泊まれないかも。
・開発が終わると1ヶ月くらい休み。
・ロマサガが終わったのが11月末で、夏休みの1ヶ月とあわせて2ヶ月休んだ。

・吉枝悟(プログラム 入社2年):入って初めてで、いきなり聖剣伝説のメインプログラム。
・松井聡彦(企画 入社2年):ゲームを作りたかったがプログラマーとして応募できるスキルがなく、企画として入った。
・上田晃(グラフィック 入社1年):面接の時に「音楽が趣味」といったら効果音をやることに。FF4の戦闘の魔法の音とか1/3くらいを担当。一番凝ったのは、最後のボスの魔法の音。