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1995年7月13日木曜日

フロントミッション 公式ガイドブック下巻

p3〜16
アートギャラリー:天野喜孝
p17〜40
アートギャラリー&インタビュー:横山宏

・横山に話がきたのが1994年の7月くらい。ジオラマ化まで4ヶ月。
・FMの開発が始まったのが1993年の暮れ。


p42〜47
開発秘話
・橋本真司
'58年生まれ。(株)ソリッド常務取締役。バンダイ時代は"橋本名人"として名を馳せた。後にコブラチーム 設立、『ジョジョの奇妙な冒険』などを手掛ける。、'94年(株)ソリッド設立。
・土田俊郎
'64年生まれ。(有)ジークラフト代表取締役。NCS(株)所属時代に『らんま1/2』や『重装機兵ヴァルケン』などのヒット作を生み出した後、独立。『フロントミッション 』を開発する。

・企画の立ち上がりは1993年の秋くらい。
・スクウェアとジークラフトで話が進んでいたのを、途中でソリッドが合流し実際の中身を詰めはじめたのが1994年の2月。
・『ハンドレットミッション』という企画書を土田がスクウェアに持ち込み。他の会社には断られた。
・15面の要塞は橋本の原案
・1人が半数以上のヴァンツァーをデザインしている


1995年3月10日金曜日

ファミリーコンピュータマガジン 1995年5月号

ページ:26-29
作品:クロノ・トリガー
形式:インタビュー
人物:
・北瀬佳範
ディレクター
・加藤正人
企画ストーリープラン
・岡庭真一郎
フィールドグラフィック
・春木あかね
マップデザイン
・杉本浩一
ビジュアルプログラム

PICKUP:
・実質的には2年で開発。開発期間が長過ぎて自分が指示したことを忘れることもあった加藤
・鳥山明っぽいラインを入れようとけっこう研究をした。
・各時代の色を出すように苦労した。マップの担当は各時代で分かれている。
・製作期間中の一時期、クロノをしゃべらせたこともあったがモニタに大変不評だった。
・リーネ広場に格闘ゲームを入れたがったスタッフがいたが時間と容量の関係で。
・バイクレースではSFCの機能を使わず、プログラム上の計算を使ってキャラを拡大縮小している。

ファミコン通信 1995.3.24号

ページ:75-78
作品:クロノ・トリガー
形式:インタビュー
人物:
・時田貴司
ディレクター
『FFI』、『SaGa1』に参加。『FFIV』からグラフィック以外に企画にも参加し、『半熟英雄』、『ライブ・ア・ライブ』を制作。今後の野望は、少し休んで考えるらしい。
・島本誠
企画、バトルプラン
『クロノ・トリガー』が初仕事。キャラクターの成長関係などの基本設計をまとめた仕様書を制作していた。今後の野望は、とりあえず企業秘密ということで。
・増田彰佳
フィールドグラフィック
『FFVI』に参加後、『クロノ・トリガー』へ。制作初期にアイデアを多数出したが、すべて没になった過去がある。今後の野望は、思い出に残るゲームを作ること。
・野村哲也
フィールドグラフィック
『FFV』から『FF』シリーズのモンスターグラフィックを担当。『クロノ・トリガー』で背景を経て『フロントミッション』へ参加。今後の野望は『FFF』(笑)を作ること。
※ファイナルファンタジーフィッシング
・大川和宏
フィールドグラフィック
『半熟英雄』、『FFVI』でオブジェクトを担当し、『クロノ・トリガー』へ。今後の野望は、現在たいへんなことになっているという、新作の仕事をなんとかしたいとのこと。
・本根康之
フィールドグラフィック
『クロノ・トリガー』の背景が入社初仕事。『フロントミッション』にも参加している。今後の野望は、絵的な部分で、つねに新しいものを模索して行きたいとのこと。

PICKUP:
・足掛け2年半くらい。『FFV』と『半熟英雄』が終わってから制作開始。
・最初バトルでの技が200以上あった。
・開発の人数が多く、情報伝達が大変だった。
・(増田)裁判所の基本設定とか。自信作は城の牢屋の拷問用具。
・(野村)裁判所の後ろの民衆を何度もうるさく言って動かしてもらった。他、魔王城の内部など。
・(大川)黒鳥号の翼の上しか描いていない
・(本根)王国刑務所内部やダンジョンの岩肌などを担当。


ページ:106-108
作品:クロノ・トリガー
形式:インタビュー
人物:
・坂口博信
'62年11月25日生まれ。横浜国立大学在学中にスクウェアに入社。その後、取締役企画・開発部長に就任、『ファイナルファンタジー』シリーズを手がけ、ゲーム業界のトップクリエイターに。現在、株式会社スクウェア代表取締役副社長。今回『ドラクエ』シリーズの堀井雄二、『ドラゴンボール』の鳥山明の両氏とともにドリームプロジェクトを結成。時空を超えて展開する壮大なスケールのRPG『クロノ・トリガー』の製作に、スーパーバイザーとして関わる。趣味は映画鑑賞。

PICKUP:
・『FFIII』以来、久しぶりにモンスターのほうにも関わった。
・実際の地図のうえを歩いている感じを出したくて、いままでにない縮尺や視点にしたかったこともあり、全体フィールのキャラクターがかなり小さくなった。
・完成した姿が最初から見えないのが、スクウェアの開発チームのやりかたの特徴。

1995年3月3日金曜日

必本スーパー! 1995年4月号

ページ:59
作品:クロノ・トリガー
形式:インタビュー
人物:
・北瀬佳範
ディレクター
イベント関係の演出を担当しています。
・町田松三
フィールドグラフィック
背景のフィールドグラフィックを担当。
・内山博
キャラクターグラフィック
キャラ担当。歩きと走りの動きは自信作とのこと。
・光田康典
ミュージック
BGMを担当。作った曲は全部で68曲にもなった。

PICKUP:
・1年かけてゲームの骨格を決めて、また制作そのものに1年かけた。計2年の大プロジェクト。
・鳥山明はイメージイラストとキャラクターイラストのみで会議には参加していない。
・堀井チェックしてもって数カ所なおされただけで「堀井節」がきいてくる。
・音楽について光田と坂口が一回ぶつかり、とことん話しあいに。

1995年2月24日金曜日

電撃スーパーファミコン 1995.3.10号

ページ:14-23
作品:クロノ・トリガー
形式:インタビュー
人物:
・青木和彦
プロデューサー。イベントやバトルシーンを総指揮。
・千葉広樹
企画担当。イベント型のバトルシーンの演出をする。
・浜坂真一郎
グラフィック担当。黒鳥号や、魔王城を手掛ける。
・星野雅紀
キャラグラフィック担当。キャラの動きは全部この人。
・寺田努
モンスターグラフィック担当。ラスボスのデザインも。
・光田康典
音楽担当。魔王城のものを始めほとんどを作曲。

PICKUP:
・坂口・堀井・鳥山が協力してRPGを作ろうという話になったのが4年前。そのときはアイサツ程度。本格的に動き出したのは2年前。
・CDーROMの大容量を活かして、たくさんの世界を巡るタイムトラベルものというのは企画初期段階に決定。
・堀井の役割:シナリオの概略をスタッフと作成&セリフのチェックなど。
・鳥山の役割:イメージイラストでゲーム全体の世界感の決定。
・坂口の役割:ゲーム全体を見渡すご意見番。
・総勢60人ぐらい。『FF』の1.5倍。
・フラストレーションを少なく、より感動してもらおうというコンセプト。バトルの数を極力少なめに作っている。
・開発中にファイル作成日時が1960年代に代わり、ファイルが読めなくなる事件があった。

1995年2月22日水曜日

ゲームウォーカー 1995年4月号

ページ:32-36
作品:クロノ・トリガー
形式:インタビュー
人物:
・青木和彦
1961年生まれ。開発第4部部長。今作では開発スタッフのまとめ役として手腕をふるった。主な担当作品に『FFI〜IV』『半熟英雄』などがある
・時田貴司
1966年生まれ。開発第5部部長。本作では主に戦闘、イベントシーンの開発、監修を担当。これまでにディレクターとして『FFIV』『ライブ・ア・ライブ』をはじめ、数多くの人気作を手掛けている。
・加藤正人
「クロノ・トリガー」ではスクウェアと堀井雄二氏とのパイプ的役割を務めながら、シナリオ作成、物語の世界設定、キャラクター設定を担当。
・代島学
クロノでは背景(主に自然物)のグラフィックスを担当。自宅のある小田原をロケして描き込んだ美しい自然の風景に注目だ。
・中谷幸夫
戦闘、イベントなどでのエフェクト・グラフィックス(映像効果)を担当
・中島二美
ワールドマップのミニキャラのアクションや山中の風景デザインを担当
・光田康典
楽曲とSE(効果音)を担当。3月25日発売のサントラCDもチェックしておきたい

PICKUP:
・プロジェクトのスタートはスクウェアが赤坂にあったころ。
・最初はCD-ROMでやろうという話も。
・堀井さんがおおまかなストーリーの流れと時代設定、スクウェア内部でそれを煮詰めていくという作業
・キャラクタについても堀井さんにおおまかな設定をお願いして、鳥山さんにイメージイラストを起こしてもらい肉付け。
・ルッカは最初あまり深く考えていなくて、途中でイベントを追加したりした。
・さりげない日常的な部分で、深いテーマが語られる。
・(中谷)できるだけ自然物をゲームの中にとりいれたかった。
・(光田)音楽だけで2メガ使っているが、ほとんどを音質につぎこんだ。

1995年2月10日金曜日

覇王 1995.2.24

p26-27
フロントミッション 
橋本真司 昭和58年バンダイ入社。平成3年コブラチーム設立。平成6年スクウェアグループ入り、社名をソリッドに変更
土田俊郎 昭和62年日本コンピュータシステム入社。平成5年ジークラフト設立

インタビュー
・開発期間は企画段階から計算して1年3ヶ月。スクウェアとジークラフトの完全なジョイント
・原案はジークラフトのほうから
・ヒーローロボットものではない、もっとリアルなメカものを作ろうという考えだった

・追い込みがキツかった。年末年始が間に入ったので食事が大変だった

1994年7月15日金曜日

ログイン 1994年8月5日号

ページ:
作品:ライブ・ア・ライブ
形式:求人広告
人物:
・時田貴司
開発第5部部長。『FFIV』、『半熟英雄』、を経て『ライブ・ア・ライブ』の開発に携わる。8年前に、グラフィックのアルバイトで入社。スクウェアに入る前は、1ヶ月に3本作るハードさで業界著名人を多く排出したMSXのソフトハウスに4年ほど在籍。
・佐々木由起子
グラフィック担当。スクウェア入社前はデザイン会社に。『FFV』のマップを経て『ライブ・ア・ライブ』へ。自分はこれが初タイトルという感じだという。
・深谷文明
プログラム担当。入社2年目。以前は別の会社で、4年間やはりプログラム。『半熟英雄』で、モンスターバトル担当後、『ライブ・ア・ライブ』チームに。
・田中高春
グラフィック担当。アニメーターをした後、漫画家のアシスタントを経験。次にゲーム会社でPCエンジンを経験。昨年入社。

PICKUP:
・1人1人が好きなことや面白いことを、とりあえず作り方自体ももっといろいろ模索したいという意味もあて、ちょっとやってみようというのが発端。
・普通だとグラフィクのリーダーの下に担当がいる。今回は1人1世界好きにやらせた。
・開発期間。始まったのは一昨年の12月あたま。それは初期の企画段階で、実質的には去年のあたまから正味1年4ヶ月くらい。
・スクウェアはちゃんとした企画書がない。骨組だけあって、どういう方になるかはみんな好き勝手にやっていく。

1994年3月18日金曜日

電撃スーパーファミコン 1994年4月8日号

p130-135
FF6スタッフインタビュー

・吉井清史氏<バトルプログラム>
おもに戦闘のプログラムを担当。開発が始まったころ『オウガバトル』にちょっぴりハマり、仕事にも参考になったとか。「戦闘中にイベントが発生します。これがなかなかよくできてます。やってみてのお楽しみですけど」
・伊藤裕之氏<バトル企画>
ストーリーやシステムを考えるセクションで、おもに戦闘を担当。モンスターの攻撃がイヤラシイのは、この伊藤さんのせい。「とにかく最後のたたかいがすごいです。これをみるためだけでも、プレイする価値はありますよ」
・成田賢氏<フィールドプログラム>
フィールド上の移動とそれにともなって発生するイベントのプログラムを担当。メカはなんでも好き。「プログラムの強化でいろんなキャラが動くようになりました。飛空艇も酔ってしまうくらい気持ちいいですよ」
・渋谷員子氏<キャラクターオブジェ>
天野先生の原画を元にキャラクターのポーズを描きあげる絵かきさん。ストレス解消法は買い物とか。「メッセージ中でもキャラクターはチョコマカ動いてます。Aボタンを連射しないで、ちゃんと見てくださいね」
・高橋哲哉氏<グラフィック>
おもに背景など、バックグラウンドを担当。「これまでの「FF」とは、かなり毛色の違う世界です。グラフィックや音楽もそれにあわせて、しかもグンとパワーアップしてます。楽しんでください」

・最初の企画は1ヶ月ぐらいかけて、チーム全体で出し合う。今回の世界観はグラフィック担当の描いたイラストから始まった。
・前作の休み明け、4月〜6月ぐらいは呆けて仕事にならず(成田)
・クリスタルは名前を変えて登場
・魔導アーマー自体のアイディアはディレクターの坂口。
・魔導アーマーの形状は、当時某ロボットSLGに凝ってるスタッフによる。
・「投げる」に、ゴルフゲームみたいなパワーゲージを作ったが削られた。
・レビテト用のポーズをつくったがボツ。
・飛空艇は新人が担当。
・3作ぐらいつくって、やっとそのハードのことがわかる
・FFは年に1本。完成させると1ヶ月休みがもらえるので、1年に1回くらいがちょうどいい。
・休み明けから『FFVII』の予定。

1993年12月24日金曜日

覇王 1994.2

p29-31
ロマサガ2
河津秋敏 取締役開発部長。昭和37年11月5日生まれ。B型

インタビュー

・これまでFF1・2のバトル担当、ロマサガのシナリオとディレクターを担当
・入社はファミコンが発売されてちょっとぐらいのころ
・前作でイベントの選択肢が最初からあると分かりづらいという意見があり、今回は最初は一本道に
・技や術の系列が複雑になったので削れるパラメータは削った
・ロマサガ1が去年の正月に完成し、そのあとに何をやろうかという話になった際にフリーシナリオは引き継いでいこうと決まった
・まず初めに出てきたアイディアが『皇帝』
・地名は実在する地名から引用している

1993年12月3日金曜日

ログイン 1993年12月17日号

ページ:
作品:ロマサガ2
形式:求人広告
人物:
・松井聡彦
企画/入社4年目。FFVを経てロマ サ・ガチームへ
プログラマーへの無理難題も「最初のうちだったらやってもらいます。後半にきての変更は、効果を考えて、すごくよくなるんだったらやっぱりやってもらいます」
・穴澤友樹
プログラム/入社6年目に突入。ゲーム業界に失望して別な方面に行く寸前だったが、スクウェアを受けてみて入社。新人には「できれば1回他の会社で修行してきてもらうと、スクウェアの良さがわかるのでは」と。
・高井浩
グラフィック/入社3年目。新人については「イラストレーターで採ってるわけじゃないんで、絵がうまいだけの人より、ゲームの絵が描きたい人に来て欲しい」社内でも自他ともに認めるプロレスファン。

PICKUP:
・作っている人間が楽しくっていうふうに作っている
・継承法について代替わりする事自体は最初から決まっていたけど、ああいう形になることはバトルが煮詰まったかなり後になってから。
・ロマサガ2の開発に入ったのは去年の10月くらい。アウトラインをいじってた時期が今年になる前くらいまで。年明けくらいからプログラマーは動いていた。

1993年7月23日金曜日

ファミコン通信 1993.8.6号

ページ:24-25
作品:聖剣伝説2
形式:インタビュー
人物:
・田中弘道
現在、スクウェア開発第3部の部長を務める。以前は『FF』シリーズの開発に携わり、今回の『聖剣2』では、全体のシステムとシナリオを担当した。シナリオに集中しにくかったのが、今回のいちばんの苦労だとか。
・石井浩一
スクウェア開発第3部のプロジェクトリーダー。ゲームボーイ版『聖剣伝説』につづき、今回も『聖剣2』に携わる。おもにアクションバトルを担当。フラミ0の産みの親は、じつはこの人なのである。

PICKUP:
・具体的な開発はおととしの4月くらいで、『FFIV』が終わった直後から。
・『FF』の飛空挺は機械的な動きだったので、『聖剣2』では生物的に動かそうと思いフラミーに。
・最初はキャラによって得意な武器を設定していた。

1993年6月18日金曜日

MSX・FAN 1993年6月号

ゲームの職人 スクウェア編
p12-15

・北瀬佳範 企画担当
FFVでイベントやセリフを担当した北瀬さんは、なんと元Mファンの読者だとか。以前はゲームと無関係の会社にいたそうだが、そのときにMSXを購入。ファンダムプログラムなどを打ちこんで遊んでいるうちに、ゲーム業界に興味を持ち、ゲーム雑誌(ファミマガ)の募集広告をみて応募したのが入社のキッカケ。
・成田賢 プログラム担当
FFVでは戦闘シーン以外のプログラム全般を担当。陽気な人で、こちらの質問に屈託(くったく)なく答えてくれた。ベテランのひとりでもあり、スクウェアとは大学生のころにアルバイトで働いたときからのつきあいだという。中学生の頃にプログラムに目覚め、MZ80Bという初期のパソコンでいろいろ勉強していたそうだ。
・高橋哲哉 背景グラフィック担当
ものしずかで落ち着いた雰囲気の高橋さん。背景のグラフィックのほかに、タイトル画面も彼の手によるもの。グラフィック歴は長く、以前ほかのソフトハウスでグラフィックを手掛けていたそうだ。むかしから絵に関心があり、いろいろな表現技法を模索(もさく)しているうちにCGに関心を持つようになったとか。
・野村哲也 モンスターグラフィック担当
高橋さんと同様、グラフィックを担当している野村さん。こちらは戦闘シーンに登場するモンスターを担当。広告の専門学校でデザインを勉強したそうだが、広告業界にいては自分の好きなデザインもできないと考え、スクウェアに入社。今回集まっていただいた4人のなかでは年もキャリアもいちばん若い


ファイナルファンタジーV
19919月:企画面からプロジェクト開始。グラフィックや音楽担当も集まり、シナリオや仕様を決める。
199112月:細かい仕様が決まり、プログラム作業開始。戦闘システムとそれ以外担当の2班。
19927月:プログラム完成。
・デバッグは約2ヶ月。

ログイン 1993年7月2日号

ページ:
作品:聖剣伝説2
形式:求人広告
人物:
・石井浩一
企画担当
FFのサイドビューバトルの生みの親として知られる。チョコボや白魔道士のデザイナーでもある。スクウェア内でもアイデアマンの1人。
・蒲田泰彦
グラフィック担当
以前は別の会社で、PCエンジンCDロムソフトの開発に携わっていた。今回の開発では試行錯誤の連続で、ボツになったデータの多さにわれながら驚くという。
・村田琢
プログラム担当
とにかくRPGが作りたくてスクウェアに入社した。マックの社内ネットのお陰でディスクを持ってうろうろしなくていいのが楽でいいとか。


PICKUP:
石井
・ゼロから始めて、16メガの容量以上のことを詰め込もうとして苦労した。シリーズ化されて次を作る時は、ノウハウを生かして今の3分の2ぐらいの開発進行で作れると思う。
・FFをやっているころからバトルのあるべき道のもう一つの方向として、聖剣2のバトルはイメージできていた。
・アクションRPGとコマンドRPGを一緒にすることはできるのか、とりあえずやってみようというのが聖剣伝説2
・聖剣伝説は多分回を重ねるごとにどんどん変貌していくと思う。
蒲田
・まずFFと差をつけたかった。FFよりかわいくてきれいな感じ。
・聖剣2は1年半くらいで作った。
・よそのゲーム会社でも聖剣2やロマサガのような企画としてはでることもあるだろうが、いざ作ろうとしてできるのはスクウェアならでは。
村田
・作る側の気合いがちがう。
・村田の開発環境はスーパーファミコンの開発用ハード1台。98が1台。マックが1台。
・スクウェアに入るまでは3ヶ月で1本位のペースで作っていた。

1993年6月4日金曜日

HIPPON SUPER 1993年7月号

ページ:14-15,22−23
作品:聖剣伝説2
形式:インタビュー
人物:
・田中弘道
(株)スクウェア創設時からのメンバーで、『F・FI』『F・FII』『F・FIII』のゲームデザイン、『Sa・Ga2』の企画(ディレクター)を経て、今に至る。
・石井浩一
『F・FI』の初期企画、キャラクターデザイン、『F・FII』、『F・FIII』のゲームデザイン及びキャラクターデザインを手掛ける。今やスクウェアの顔ともなった(?)、チョコボはこの人の手によるものである。GB版『聖剣伝説』のディレクターを経て、今に至る。

PICKUP:
・アクションRPGのスタイルをとったコマンドRPG。
・リングコマンドは、「見た目がいいから(笑)
・2年ほど前から企画スタートしているが、当初ストーリーと世界館が別個に作られていたた。

1992年12月4日金曜日

ログイン 1992年12月18日号

ページ:
作品:
形式:求人広告
人物:
・近藤勝裕
大阪開発部
'90年入社のプログラマー。『サ・ガ3』と『MISTIC QUEST』のバトルのプログラムを担当。
スクウェア入社以前は、関西の某メーカーで、シューティングやアクションなどを主にプログラムしていた。ソフト屋を自任している。
『MISTIC QUEST』では、アメリカの子供たちがバトルを面倒くさがらず戦うため、プレイヤーのキャラのレベルが高くなり、モンスターのパラメータを予定より大幅に変更しなければならなかった。日本との国民性の違いを、ゲームバランスをとっている時に痛感。
・壁雅弘
大阪開発部
90年入社のグラフィックデザイナー。『サ・ガ3』、『MISTIC QUEST』ではフィールドマップのグラフィックを担当。入社前に勤めていたゲーム会社では、キャラをおこすときドット絵用の用紙に描き込んでデザインしていたという。
『MISTIC QUEST』の開発にはアメリカ向けということで、色をカラフルにしてメリハリをつけるように意識したという。
将来はビデオを見てる感覚でゲームができるソフトを開発してみたいと考えている。
・京念秀史
大阪開発部
90年入社のプランナー。前の会社でもゲーム企画をしていた。
『サ・ガ3』と『MISTIC QUEST』ではグラフィックの壁氏と名コンビを組み、マップをほぼ全て担当。
新しく会社が引っ越したところが、前の会社のすぐ近くなので冷やかしに行こうと思っている。
『MISTIC QUEST』では、アメリカ向けということで、フィールド面でパズル的要素をいれたり、シナリオをクリアすると次の道ができて一本道でゲームが進むようにするなど、工夫を凝らしている。


PICKUP:
・壁:入社して二年。開発部自体は年が明けて3年目。
・7月末に開発が終わったんで、8月と9月は休み。大阪開発部は1チームしかないので、ほぼ2ヶ月活動が停止していた。
・最近本町に引っ越し。築2年ぐらいの新しい大きなビルで、開発室の中は禁煙。

・90年入社 井手康二:大阪開発部のチームリーダー。元々は服飾のデザインをしていたが、某パソコンゲームメーカーに転職。その後、スクウェア入社。
・90年入社 五藤聖高:プログラマー。以前はビデオやテレビのリモコンなどのプログラムを組んでいた。
・90年入社 安田由紀:グラフィックデザイナー。前の会社で業務用ゲームのグラフィックを描いていたが、家庭用ゲームが作りたくて入社。

1992年6月15日月曜日

ログイン 1992年6月5日号

ページ:
作品:
形式:求人広告
人物:
・高橋哲哉
グラフィック
入社して、約1年半。他のソフトハウスで、グラフィックの仕事をしていて、ログインに載った募集広告でスクウェア入社。最新作は『FFIV』。担当はBGやモンスター、その他視覚効果部分などだが、とにかく残った仕事全部引き受けた人。
・小久保啓三
プログラム
ロマンシング サ・ガのプログラマー。入社1年半。以前は別のソフトハウスで、原子炉の制御や製鉄所のクレーン制御などを、現場に出かけて命懸けで手掛けていた。ソフトウェアをやる人でゲーム好きなら、ゲームプログラマーをぜひやって欲しいという優しい先輩。
・石井浩一
企画
高校の時、ソフトコンテストで優勝したり2位になったりするのを「仕事」にしていた強者。大学ノート2枚ぐらいにアイデアをまとめ、パッと送って50万なり。大学時代は水商売に浸り、やがていくつかのソフトハウスを経た後、銀座の大理石のビルに魅せられてスクウェア入社。FFのサイドビューバトルの生みの親として知られる。

PICKUP:
・ハワイ8泊10日の社員旅行。これまでの実績はハワイ、グァム、ハワイ、ハワイ。
・石井は最初のハワイ旅行、社員じゃなかったので行けなかった。FFのバトルシーンはその時考えた。
・警備員を3回ほど呼んでしまい、同じホテルには来年泊まれないかも。
・開発が終わると1ヶ月くらい休み。
・ロマサガが終わったのが11月末で、夏休みの1ヶ月とあわせて2ヶ月休んだ。

・吉枝悟(プログラム 入社2年):入って初めてで、いきなり聖剣伝説のメインプログラム。
・松井聡彦(企画 入社2年):ゲームを作りたかったがプログラマーとして応募できるスキルがなく、企画として入った。
・上田晃(グラフィック 入社1年):面接の時に「音楽が趣味」といったら効果音をやることに。FF4の戦闘の魔法の音とか1/3くらいを担当。一番凝ったのは、最後のボスの魔法の音。


1992年4月17日金曜日

ログイン 1992年4月17日号

ページ:
作品:
形式:求人広告
人物:
・成田賢
開発部マネージャー
FF.IVのメインプログラマー。大学時代、学校から近いこともあってスクウェアでアルバイトし、そのまま入社。以前は、コンピュータが趣味だったが、趣味が本業となったいまではラジコンのヘリコプターに転じてしまったとか。『ハイウェイスター』も担当した。
・渋谷員子
開発部
FFシリーズ、ロマ・サガで自キャラ担当。学校にきていたスクウェアの掲示で、応募して入社。ロマ・サガが終わったあとも、目下秘密の(!)仕事に邁進中。FF.I〜IVまで担当しながら、ゲームを最後まで終わらせたのは、ロマ・サガが初めてという。
・時田貴司
開発部マネージャー
芝居がやりたくて上京。バイトをしていた頃に、別な会社で、ゲームのグラフィックの仕事を経験。そこがあまりの仕事環境だったんで(笑い)脱出して、フロムAで『キングスナイトCMおんスクウェア』という広告を見て入社。小劇場で芝居をする多芸な人物。

PICKUP:
・MACと仕事用、1人最低2台は機材が割り当てられている。
・MACのLANを利用して、趣味・雑談の書き込みに盛り上がっている
・個人ブースは性格が現れる。仕事に集中できる。
・1日1回顔を出せば8時間働いたことになる裁量労働制。1人1人責任もって仕事をする。
・1タイトル終わると1ヶ月くらい休む。FF4の時はちょうど8月だった。
・白魔道士と呼ばれるマッサージの上手いプログラマーがいる。

・代島学(グラフィック 入社1年):デザイン学校で広告を専攻。グラフィックが企画のほうに口を出せるのとか、他のメーカーの友達に羨ましがられている。
・樋口勝久(プログラム 入社6年):最初に担当したのはFF2の戦闘プログラム。2年連続で”バグ大賞”を受賞
・田中晋一(プログラム 入社2年目):去年の4月入社。研修は一応あるが、実際のプログラムは全然教えてくれない。そこがいい。


1991年8月14日水曜日

ファミコン通信 1991月9月6日号

ページ:98-100
作品:ファイナルファンタジー4
形式:特集レポート

PICKUP:
・ファイナルファンタジー4ができるまで
   1990年5月 大まかな構想ができる
   1990年10月 営業部や広報部にソフトのサンプルを提示
   1990年11月〜12月  スーパーファミコン版をFF4にすることに決定
   1991年5月 ほぼ完成
・FF4の販売コンセプトは"一般化"。パッケージが天野イラストから2頭身イラストに変更されたのもこの一環。
・FFを知らない一般ユーザーをターゲットに、ゲーム画面を一切出さないCMを作成。オーストラリアで収録。
・この時点でのスーパーファミコンの普及台数は約144万台。

1991年7月4日木曜日

HIPPON SUPER 1991年8月号

FF4
ページ:4-7
人物
・坂口博信
FFシリーズディレクター
スクウェア設立時よりアルバイトで製作参加し、同社の数多くのソフトにおいて、ゲームデザイナー、プログラマ、ディレクター等を務める。現在、(株)スクウェア・代表取締役副社長。FC、SFCの世界では、ファイナルファンタジーシリーズのゲームデザイナー、総合ディレクターとして知られる。
形式:インタビュー

PICKUP:
・新しいシステムで、前作と別の面白さを作っていこう。というのが初期コンセプト。
・今回はプログラムがナーシャではなく、内部のスタッフ。
・FC版FF4は初期コンセプトだけ作った時点でストップ。シナリオも完成していなかった。聖剣伝説になったという噂もあったが、真っ赤な嘘。
・去年の5月に開発スタート。6月に坂口が結婚し1ヵ月遊んで、7月旅行、8月盆休みで、本腰を入れたのは9月。実質開発9ヵ月。後半4ヵ月くらいはほとんど家に帰っていない。
・初期コンセプトやシナリオは5月の時点で完成。
・今回の容量 プログラムはそんなに変わらない。音は5倍。絵は倍くらい。
・マップ上でのキャラクターのアニメーションについては、最初からやりたかった。
・1でクラスチェンジして3頭身になるのは、ものすごく不評だった。
・セシル、最初はワールドマップ上でも仮面を被ってた。
・1~4までの坂口の役割。1:ナーシャと一緒にデータ構造を考えたり。2:シナリオの落とし込み、各イベントを考える作業だけ。3:2とほぼ同じ。4:ディレクター。シナリオには多少タッチ。
・はじめて作ったRPGはブラスティー。デモだけすごい、浅はかな企画だった。
・今回の売りはアクティブ・タイム・バトル。最初作ったのがつまらなく、4,5回作り直した。
・次回作はまだチームもできてない状態。別チームで1本動いているのがある。