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1998年10月30日金曜日

季刊ゲークラ 1998Auterm

特集 2003年のスクウェア
p14-18
坂口博信 株式会社スクウェア代表取締役副社長
・「ウィル」では圧縮専門のプログラマーが1人いて、瞬間描画がウリになっていた。そのルーチンを改良してアニメーションにしたのが「ブラスティー」
・マンションの一室にこもって、サークル活動をしているようなノリで次々とゲームを作っていた。
・当時、BPS・ファルコム・ゲームアーツは社長同士の仲が良く、ファミコン版「テグザー」はスクウェアでやることに。
・思ったようなゲームが作れず不満が溜まっていてFFを作ったらゲーム業界を辞めようと思っていて、「ファイナルファンタジー」というタイトルにした。
・FF1はプログラマー3人、企画4人、絵描き4〜5人+お手伝い。だいたいメイン12〜13人で作った。
・FF2、戦闘システムは河津の発案。マスターを入れるというのにいつまでもモンスターのデータをいじっているのでケンカになったことも。
・FF3の戦闘シーンは坂口と青木が担当。青木がヘビースモーカーで、タバコのヤニでハードディスクがクラッシュしたことも。
・FF3では簡易言語でキャラクターの動きを制御するシステムを作った。
・3まではイベントをつなげてストーリーを作ったが、色数が増えたりプログラムの容量が増したFF4ではキャラクターからゲームを作ってみた
・FF5のイベントは坂口と北瀬で担当。このころ社内にネットワークを引いて、情報共有化
・FF6ではスプライトのプログラムを大幅に作り直し、グラフィックを進化させた
・95年に一年かけて、シリコンフラフィックスのマシンで戦闘シーンだけを作った
・FF7で坂口は最初のほうはゲームのアウトラインや戦闘システムを考えたりしたが、開発しやすい環境作りを担当し、最終的には北瀬にディレクションをまかせて、ほとんど手はうごかしていない。

p26−29
武市智行 株式会社スクウェア代表取締役社長
・スクウェアの人事評価は「公正・公平・公開性」
・クリエイティブな働き方について労働省に相談しにいったら裁量労働制を教えてもらい採用
・インセンティブボーナスは、元々の発想はプロ野球の年俸制。販売本数や収益にインセンティブを連動させたかった
・5年後のスクウェア。世界のインタラクティブコンテンツにおいて98年3月期で9%のシェアだったのを、世界メジャーを目指して15%まであげたい。
・もう1つの目標は、CGにおいて世界で競争力のある映像を作ることのできるメーカーになること

p32-35
鈴木尚 株式会社デジキューブ代表取締役社長
・開発者が必死に作ったゲームを1本でも多く売りたいという思いがあったが、任天堂マーケットではいろんな問屋制度や習慣があって思うように進めめることができなかった。
・そこでハードをプレイステーションに移すことと、子会社で新しい流通を切り開くことを選択した。
・プレイステーションでゲーム作りたいと言い出したのは坂口。最初にFF7のオープニングムービーを見たときは、こいつが味方でよかったと思った。
・「牌神」や「パワーステークス」はデジキューブが企画・製作。デジキューブはソフトメーカになってはいけないという鈴木の信条で、発売がスクウェアで、デジキューブに卸すという段取りを経ている。
・販売している音楽CDは今は20タイトルくらいだが、5年後には数万タイトルから選べるような販売をしているはず。
・ゲームの最大のライバルは携帯電話。携帯電話に勝てる端末を作りたい。

p36
ゲームユーザ100人アンケート
FF7クリアした?
・クリアした・・・63人 ・クリアしてない・・・10人 プレイしていない・・・27人
好きなスクウェアのゲームは?
FFシリーズ・・・63% サガシリーズ・・・12% ゼノギアス・・・7% 特になし・・・6% 聖剣伝説・・・5%

p46-48
坂口博信
・1月のうち3週間ハワイ1週間日本という生活。ハワイでは手を動かし、日本では口を動かす。
・今から5年10年経てばフルCG映画と同じデータをゲーム画面上で自在に動かせる状況になるので、今のうちにCG能力値をあげておきたい。その一環としてフルCG映画を作っている。
・未来のスクウェア。ジャンルや方向性は決め込まないで、面白くて新しいゲームがどんどん出る”おもちゃのカンヅメ”のようなソフトメーカーになっていけたらいいと思っている

p56-58
植松伸夫 田中公平 対談
・会うのは初めて。昔、『宇宙英雄物語』の仕事をお願いしたが、FF6が忙しくて断られた。
・スクウェアではストーリーの設定があって曲を書くことも、曲があってストーリーに活かしてもらうことも両方ある。家内制手工業の強み。




1997年11月14日金曜日

ファミ通 1997年11月28日号

特集『VIPたちの本音』

p119 株式会社スクウェア

・武市智行
代表取締役社長
'55年生まれ。慶應義塾大学商業部卒業。'96年5月にスクウェアに入社。その1か月後に代表取締役社長に就任。好きな食べ物は手打ちうどんとお好み焼き。

・世界のさまざまなメディアで感動を与えていきたい

・社名の由来:スクウェアとは”広場”や”角”、”整頓された”などの複数の意味があり、広々とした自由な制作環境、鋭い感性、きちんとしたものを世にだすといった信念をこめてスクウェアと命名された

1996年10月11日金曜日

ファミ通 1996年10月25日号

特集『日本の社長 ’96』

p109 株式会社スクウェア

・武市智行
代表取締役社長
慶応義塾大学商業部卒業。平成8年5月スクウェア入社。6月、代表取締役社長に就任。

・本当に夢を実現できる企業作りをしていく

1995年9月27日水曜日

スクウェア・任天堂・ジャストシステム共同での会社設立を発表

・スクウェア・任天堂・ジャストシステムの3社、10月に事業会社を設立
・出資比率はスクウェア70 任天堂20 ジャストシステム10
・社名は未定、スクウェア副社長鈴木尚が社長に就任する
・新会社は当面スクウェアや任天堂のゲーム攻略本やキャラクター商品を製作販売する
・3~5年を目途に独自のネットワークを構築し、ショッピングなどのサービスを提供する

・掲載
日本経済新聞 1995年9月27日朝刊
 スクウェア・任天堂などゲーム機でネットワーク――来月に新会社、通信使いサービス
日経産業新聞 1995年9月28日朝刊
日経産業新聞 1995年9月28日夕刊

1994年5月27日金曜日

ファミコン通信 1994年6月10日号

特集『日本の社長’94』

p93 株式会社スクウェア

・坂口博信
代表取締役副社長
1962年生。茨木県出身。横浜国大在学中にスクウェアに入社。取締役企画・開発部長に就任し、『ファイナルファンタジー』を手掛ける。

・次世代機は現在研究中です

1994年5月20日金曜日

週刊ポスト 1994年05月20日

p216-219 緊急ビジネス対論 1か月で250億円を売った! 超ヒット「ファイナルファンタジー現象」の法則 水野哲夫、大前研一

・FFVIは、35名のスタッフが1年4か月で開発。平均年齢は25歳
・採用、給料や待遇について

1991年12月20日金曜日