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吉田明彦・松野泰己・宮川裕史
2019年1月13日日曜日
2018年4月18日水曜日
2011年4月28日木曜日
2003年6月23日月曜日
2002年11月22日金曜日
ドリマガ 2002年12月6日号
ページ:74−75
PICKUP:
作品:ファイナルファンタジータクティクスアドバンス
形式:インタビュー
人物:
・村澤裕一
「FFT-A」のチーフディレクターとして現場を任されているのがこの村澤氏。今年の3月にクエストからスクウェアに入社。プログラマー出身で「オウガバトル64」(任天堂/クエスト)など数多くの作品を手がけてきた。「FFT-A」と同じGBAで発売されている「タクティクスオウガ外伝」(任天堂/クエスト)ではプランニングおよびディレクションを担当。スクウェア入社と同時に「FFT-A」の企画に着手し、現場を取り仕切る。
・本郷聡美
「FFT-A」のデザインリーダー。ディレクターの村澤氏と同じく今年の3月にクエストからスクウェアに入社。スクウェア入社以前は、村澤氏とともに「オウガバトル64」(任天堂/クエスト)や「タクティクスオウガ外伝」(任天堂/クエスト)を手がけてきた。「FFT-A」では背景、マップ、ウィンドウ周辺など、シミュレーションRPGを快適に遊ぶ上で重要な箇所を筆頭に、ほぼ全般にわたる細かいパートのデザインを担当している。
PICKUP:
・今回の作品をGBAでやるというのは、前回のプロジェクト(タクティクスオウガ外伝)が一段落した頃に聞いた。
・松野とは直接面識がなく、会社に残っていた当時の古い企画書に面影を見ながら引き継いでゲームを作っていたので、本人と一緒に仕事をできるということで面白いことになったと思った。
・松野の考えるゲームの理想型は”とにかく新しいものを突き詰めていく”ということ。
・携帯ゲーム機ならではの”ちょっと遊んですぐに中断できる”という部分は基本コンセプト
・グラフィックに関しては縮尺よりも色味を重視して雰囲気を大切に。
2002年9月13日金曜日
ドリマガ 2002年9月27日号
ページ:42--47
PICKUP:
作品:ファイナルファンタジータクティクス、ファイナルファンタジータクティクスアドバンス
形式:インタビュー
人物:
・松野泰己
(株)スクウェア 第4開発事業部プロデューサー
1965年生まれ。36歳、A型。1995年9月にスクウェアに入社。
1997年にPSで「ファイナルファンタジータクティクス」を制作。
2000年にPSで「ベイグラントストーリー」をリリースする。その後、開発プロデューサー的な立場でゼロの段階からPlayOnlineの立ち上げに参加。現在はスクウェア第4開発事業部の事業部長として、GBAのスクウェア最新作「ファイナルファンタジータクティクスアドバンス」を20名規模の体制で作る一方、水面下で「ナンバリングFF」こと「FFXII」を100名近くの体制で作っているという。次世代のスクウェアを担う注目の2作品を抱えるクリエイター・松野泰己にドリマガ急接近する!
PICKUP:
・1989年2月に、クエストに入社。7年ほど在籍。
・それまでは学生のときの延長でライターのような仕事をしていた。
・ファミコンに触ったのは東京の大学に出てきてから。自分自身で買うきっかけは「ゼルダの伝説」。
・「伝説のオウガバトル」開発当時、会社の経営が厳しくなり自分の手でリストラをしないとならないことがあり、そのことが嫌で会社には「オウガバトル」が完成したら辞めると言っていた。
・任天堂のチェック完了まで時間があったため、もう1本作って辞めることに。
・結局、1995年7月の終わりに「タクティクスオウガ」がマスターアップして、翌週に辞表を提出。
・スクウェアにいる友人に誘われて、1995年9月にスクウェア入社。
・その年末にはPSでの開発がスタート。皆葉が1996年春くらいに参加し、それから1年ぐらいで「ファイナルファンタジータクティクス」を作った。
・前作「ファイナルファンタジータクティクス」の反省として、「オウガ」シリーズで最初に目指していた”初心者にも手軽なシミュレーションRPG”というものが、うまく形にできなかった。
・GBAというハードで、中学生のみなさんにも買って遊んで欲しいと思って、キャラクターも少年漫画タッチに。
・「FF」というシリーズは、常にゲームの先駆者であるべき商品だと思っている。
・自分1人では倒せない敵には、友達とつないでもらって共同戦線を張って強敵を倒すっていう機能も予定。
・常に新しいモノに挑戦していく、同じモノは絶対に作りたくない。
ページ:44--45
作品:ファイナルファンタジータクティクスアドバンス
形式:インタビュー
人物:
・皆葉英夫
(株)スクウェア 第4開発事業部デザイナー
「FFIX」でアートディレクターとしてアート全体の総責任者をつとめた皆葉氏は、高校時代にアルバイトとしてパソコンメーカーでRPGなどを作り、フリーランスで活躍。その後まだスクウェアの全開発が100人程度の規模の頃に、「FFV」の背景まわりのスタッフとして参加した。「FFVI」「マリオRPG」に参加後、「FFタクティクス」を松野氏と作り、ハワイのチームに合流。「FFIX」を経て本作を作ることに。
・伊藤龍馬
(株)スクウェア第4開発事業部デザイナー
本作のキャラクターデザインを担当するのがこの伊藤氏。スクウェアへの入社は「FFIX」の頃、「FFX」を経て、本作に参加。このページで紹介している主人公キャラクターはもちろん、次のページのジョブや種族などについても、すべてのキャラクターデザインをこなしている。血生臭さの一切ない、さわやか少年少女達の醸し出す新たな世界観。前作とは違う伊藤氏によるキャラクターデザインを採用したことで、本作のイメージは大きく変わったと言える。
PICKUP:
・ミュートは最初おかっぱみたいな感じで描いていたが、皆葉からロック調のキャラの提案があり、現在の形に。
2002年6月19日水曜日
クエスト公式サイト>お知らせ
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| お客様各位 平素は格別のお引き立てをいただきまして、厚く御礼申し上げます。 さて、このたび弊社のゲームソフト開発事業については、株式会社スクウェアに 譲渡いたすことになりました。 これまでの弊社ゲームソフト開発事業並びに製品に対しまして格別のご愛顧を賜 りました事に重ねて心よりお礼申し上げますと供に、株式会社スクウェアに対しま してもこれまで同様のご高配賜りますようお願い申し上げます。 まずは、略儀ながら当サイトにてご挨拶かたがたお知らせ申し上げます。 |
| 平成14年6月19日 |
| 株式会社クエスト |
2002年4月12日金曜日
商標移転(譲渡)
| 登録番号 | 商標(検索用) | 区分 | 移転登録申請 | 移転登録済通知 |
| 登録3103158 | 伝説のオウガバトル | 9 | 2002/4/12 | 2002/6/14 |
| 登録4065499 | タクティクスオウガ | 9 | 2002/4/12 | 2002/6/14 |
| 登録4394794 | マジカルチェイス | 9 | 2002/4/12 | 2002/6/14 |
2002年3月29日金曜日
ファミ通 2002.4.12号
p8-9
FFTA、プレイオンライン、FF12
・松野泰己
FFTA、プレイオンライン、FF12
・松野泰己
スクウェア業務執行役員 第4開発事業部事業部長
インタビュー
・FFTAの開発は元クエストのスタッフ
・昨年後半にクエストから話があり、企画がスタートしたのは今年の2月くらい
・FF12のメインスタッフは去年秋くらいまでPOLの立ち上げ。FF12の作業が本格的に始まったのは去年の年末くらい。2003年度に発売予定
・オウガバトルの版権はスクウェアが獲得
・FFTAの開発は元クエストのスタッフ
・昨年後半にクエストから話があり、企画がスタートしたのは今年の2月くらい
・FF12のメインスタッフは去年秋くらいまでPOLの立ち上げ。FF12の作業が本格的に始まったのは去年の年末くらい。2003年度に発売予定
・オウガバトルの版権はスクウェアが獲得
2000年2月8日火曜日
電撃王 2000年3月号
p66〜72
岡本吉起の気になるアソコ
VOL.24 松野泰己
松野泰己
1965年新潟県生まれの34歳。現在株式会社スクウェア業務執行役員・第4プロダクションプロデューサー。某大学法学部を中退後、経済誌ライターから株式会社クエストを経て、株式会社スクウェアに入社。代表作は『ファイナルファンタジー タクティクス』『ベイグラントストーリー 』。いずれも濃密な世界観作品で評価が高い。
・B級ホラー好きで、クエスト入社時に提出した企画書もホラーゲーム。
・ベイグラントストーリーは1999年秋発売予定だったが、いろいろ遅れた
・ベイグラントが動き出す前にFFT2という選択肢もあったが、坂口から好きなやっていいと言われてスタッフと話し合い、最後は「どうせ叩かれるのはオレだから、オレの自由にさせてくれ」といってスタート
・個人的にゲームにストーリーは必要ないのでは、と思っている
・オウガバトルを作るのにいちばん影響を受けたのは『カルタゴ』。ゲームスタイルとしては「マスターオブモンスターズ」とか「ファイアーエムブレム」の良いところ、不満点を改善したものを凝縮させた感じ
・もともと「タクティクスオウガ」終了後に会社を辞めるつもりでいたところ、三原一郎からスクウェアで『FF』のSLGを考えているからサポートしてほしい、と誘われてスクウェアに入社
・入社した直後にアリカが設立され三原は退社。後はあれよあれよいう感じで、やるならFFT作ろうかということになった
・当時の話題が湾曲したまま、根も葉もないことを言われている
・最近はウルティマオンラインにハマってる
・隣のチームがPS2タイトルを開発中
・とりあえずはベイグラントの北米版と欧州版を制作。その後のことはまだ何も決めてない
岡本吉起の気になるアソコ
VOL.24 松野泰己
松野泰己
1965年新潟県生まれの34歳。現在株式会社スクウェア業務執行役員・第4プロダクションプロデューサー。某大学法学部を中退後、経済誌ライターから株式会社クエストを経て、株式会社スクウェアに入社。代表作は『ファイナルファンタジー タクティクス』『ベイグラントストーリー 』。いずれも濃密な世界観作品で評価が高い。
・B級ホラー好きで、クエスト入社時に提出した企画書もホラーゲーム。
・ベイグラントストーリーは1999年秋発売予定だったが、いろいろ遅れた
・ベイグラントが動き出す前にFFT2という選択肢もあったが、坂口から好きなやっていいと言われてスタッフと話し合い、最後は「どうせ叩かれるのはオレだから、オレの自由にさせてくれ」といってスタート
・個人的にゲームにストーリーは必要ないのでは、と思っている
・オウガバトルを作るのにいちばん影響を受けたのは『カルタゴ』。ゲームスタイルとしては「マスターオブモンスターズ」とか「ファイアーエムブレム」の良いところ、不満点を改善したものを凝縮させた感じ
・もともと「タクティクスオウガ」終了後に会社を辞めるつもりでいたところ、三原一郎からスクウェアで『FF』のSLGを考えているからサポートしてほしい、と誘われてスクウェアに入社
・入社した直後にアリカが設立され三原は退社。後はあれよあれよいう感じで、やるならFFT作ろうかということになった
・当時の話題が湾曲したまま、根も葉もないことを言われている
・最近はウルティマオンラインにハマってる
・隣のチームがPS2タイトルを開発中
・とりあえずはベイグラントの北米版と欧州版を制作。その後のことはまだ何も決めてない
1997年4月8日火曜日
1995年9月30日土曜日
電撃王1995年11月号
メーカー未公認裏最新ゲーム事情
p43
ウワサ29
精鋭クリエイターがスクエアに終結!最強メーカー完成か?
・「タクティクスオウガ」開発終了後、開発チームごとスクウェアに入社。
・「グラディウス」の開発チームの移籍も実現させたらしい。
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