ラベル 0503:ナーシャ の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 0503:ナーシャ の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2018年6月9日土曜日

ファイナルファンタジー3: ワンダースワン



2018年5月6日日曜日

ファイナルファンタジー3


2016年6月14日火曜日

聖剣伝説2:ナーシャ



2007年1月19日金曜日

ファミ通 2007.2.2

p14〜17
FF20年を語るファミ通独占インタビュー

・石井浩一
・河津秋敏
・田中弘道
・橋本真司

・入社して半年くらいの石井が、坂口からRPG作るから企画書を書けと言われて、そこからスタート
・1人で企画原案やプロットを作ったりと、しばらくしてから河津が来て、坂口と3人で話し合い
・そうしているうちに他のタイトルを作っていた人も合流
・田中が合流したときは、テスト画面が動き始めたくらいのころで、まだ全然できていなかった
・ナーシャ が来た途端に、スクロールスピードが変わった
・2のときはビザが切れてアメリカに帰ったナーシャ と毎日2時間くらい国際電話。最後の1ヶ月半ぐらいはカリフォルニアのサクラメントに機材を持ち込んで開発
・3の召喚獣は田中の発想によって実現
・河津はインタビューでFFって何ですか?と聞かれるけど、実際のところ決めていない

2003年7月11日金曜日

ドリマガ 2003.7.25

特集 さよならファミコン〜あの時の秘密〜

p20-21
人物:
・田中弘道 株式会社スクウェア・エニックス 開発担当 第3開発事業部 事業部長
1962年1月7日生まれ。A型
・石井浩一 株式会社スクウェア・エニックス 開発担当 第8開発事業部 事業部長
1964年7月9日生まれ。A型

PICKUP
・スクウェア設立当時は会社全体で企画が10人。プログラマーが10人くらい。植松伸夫が一番年上。
・ファミコン時代は宮本社長は全ジャンルしたいという意向があったみたい。
・宮本と鈴木尚がサンフランシスコのパブリッシャーとの会合でナーシャ をスカウトしてきた。
・ナーシャ ・ジベリ、1957年の生まれ。イラン出身。
・『水晶の龍』は次のRPGへのステップ的な作品と考えていた
・初代『聖剣伝説』はコンシューマ初のRPGとしてドラクエの1,2年前に企画されていたが、プログラマーがダウンしてしまった。
・FF1は最初坂口と石井しかいなかった。
・石井: "しかも、坂口は僕に「企画書を作れ」って言っておきながら、自分は社員旅行でハワイに行ってしまって(笑)"
・当時の坂口「RPGで確実に二番手を取りに行こう」
・FF1は、いかにドラクエと変えられるかがポイントだった。一番大事にしたのは世界観
・サイドビューバトル、バトルの背景、火水風土の属性、飛空挺
・当時は常に容量との闘いだった
・タイトルの由来、英語2文字でFFと呼ばれるようにしたいというのがあり、坂口が1日持ち帰って翌日「ファイナルファンタジー 」に。「ファイナルファイト」は「アルティメット」「究極」の意味


p21
人物
・北瀬佳範 スクウェア・エニックス 第1開発事業部 部長
PICKUP
・入社したのは、ちょうどスクウェアが御徒町から赤坂に移転したころ。井上信行や伊藤賢治とほぼ同期の入社
・最初に配属された聖剣伝説、経験者は石井と渋谷員子だけであとは新人の10人ほどのチーム
・河津秋敏からサガ1のデータ資料をもらって、ゲーム作りを教えてもらった
・佳境は毎日のように徹夜。同じように徹夜組だったFF4チームによく構ってもらった。
・ロマサガ 1は作っている最中は参加スタッフでさえどんなゲームか想像がつかなかった。マスターアップ近くに全容があきらかになってきて、すごいゲームの誕生に立ち会っていると感じた。
・SFCの製品版とマリオワールドが届いたときは、全社員リフレッシュルームで盛り上がった
・SFCで思い出深いのはFF5のエンディング。最初に見たときは鳥肌がたった。SFCならではの演出
・他社で好きだったゲームはFCのナポレオン戦記、PCエンジンのF1サーカス、ディスクシステムのアイスホッケー

2000年12月15日金曜日

ゲーム・マエストロ VOL.1 プロデューサー/ディレクター編(1)>坂口博信

p159〜186
坂口博信

・大学3年になった春休み、田中と2人でバイトしようと読んだ就職情報誌にスクウェアが載っていた。春休みだけのつもりで応募。
・横浜日吉の2DKのマンション。入ってすぐ1作目が途中で潰れる。
・デストラップ。プログラム半分、シナリオ、絵1/4、効果音も担当。
・キングスナイト。個人的には不本意作。
・最後に何か一本作って大学に戻ろうと思っていたら、DQが発売。RPGが作れるなと、最後のゲームのつもりで、FFを作り始める。
・FF3からキャラの動きを制御するエンジンを用意してもらった。FFはその演技プログラムの発展の歴史。今、社内では「エーテル」と呼ばれている。
・植松伸夫。最初ボツと突き返したが、曲順を替えただけで良くなったと言ってしまった話。
・ナーシャ。バグが出た時に国際電話で連絡すると、口頭で直し方を言われた話。
・FFの開発、最初は4人


1994年4月15日金曜日

覇王 1994.4.29

p40-41
FF6
天野喜孝
インタビュー
・FF6の作業は去年の5月あたりから
・ゲームの制作にはほとんど口を挟まない
・ゲームに出てくるキャラと統一感を持たせようと三頭身のキャラも描いた
・スクウェアからはドラゴンのようなとか、魔導士のようなとか、と発注される 

p?
スクウェア全般
坂口博信
インタビュー:渡辺浩弐のゲーム業界のキーマンに聞く(6)
・今やっとFF6のマスターROMが仕上がったところ(インタビューは2/16)
・完成の最後はスタッフ全員がモニター前に集まって最終ボスを倒すことになっている
・スクウェアは最初はパソコンの時間貸しをしていた会社。パソコン好きの若者が集まる様子を見てオーナーがソフト開発を呼びかけた
・パーティーで社長と意気投合して、ナーシャ入社
・FF1についてRPGを作るというのは会社側からの発案。バックアップシステムと2メガのROMが出たことがきっかけ。会社の総力をあげてファミコンRPGを作ることになった
・今は社内NWが整備されていて、大阪やアメリカの開発部とも結ばれている

1988年8月5日金曜日

ファミリーコンピュータマガジン 1988 no.16

p80‐81 FF2 
プログラマー⁼ナーシャ・ジベリ他 開発スタッフを直撃チェックだ!

アメリカ・サクラメントの自宅にてプログラマー⁼ナーシャにインタビュー
・NASIR GEBELLI
’57年、イラン出身。カリフォルニア州立大学卒業。代表作に、アップルII用「ファイアーバード」「ゴーゴン」、ファミコン用「とびだせ大作戦」など

・FFIIは3か月くらい前からスタートして、最終調整中。
・スクウェアのスタッフ6人はナーシャの家の近くのモーテルに部屋をとって開発。
・機材の持ち込みに高額の関税を支払った