vol.1
https://jp.finalfantasy.com/topics/183
田中弘道
vol.2
https://jp.finalfantasy.com/topics/184
石井浩一
2020年4月27日月曜日
2018年11月18日日曜日
2018年6月9日土曜日
ファイナルファンタジー3: ワンダースワン
これなあ、もともとワンダースワン版の1、2のメインプログラマーだった人が退職しちゃったんだよな。。。— ネコ温泉♨ (@necoonsen) 2018年3月29日
お世話になった人なんだけど、外注で徹夜続きで時給換算したら150円だったようで、家にも帰れず稼ぎも少なく奥さんにメッチャ怒られて、2移植した後に転職したと本人から聞いた。 https://t.co/uvIuHFH0LP
ちなみにその人、ゲームから足を洗ってM田製作所に。— ネコ温泉♨ (@necoonsen) 2018年3月29日
よくナーシャジベリのソースが解析できないとか都市伝説があるけど、本人は移植可能と断言していた。名誉のためにフォローしておく。— ネコ温泉♨ (@necoonsen) 2018年3月29日
2018年5月6日日曜日
ファイナルファンタジー3
@illumine_yuu FF2、3のころ、メインプログラマーのナーシャがビザがきれて米国に帰ることになり、そのとき6名くらいでこちらが米国滞在しました。その場所がサクラメント。2ヶ月くらい滞在したので、かなり懐かしい場所です。— 坂口博信 (@auuo) 2010年2月19日
ファミコン時代は透明色(抜け)+3色が1パレット。透明色は背景の黒を使い残り3色でキャラを。モンスターは大きいものは2パレット(最大で6色)使えましたが1パレットが16ドット×16ドット単位で区切られていたので共通色を持たないと綺麗に描けず、ボスや暗闇の雲は5色で描いています— kazuko shibuya (@Skazuko) 2017年1月24日
2018年2月15日木曜日
聖剣伝説2 SECRET OF MANA公式サイト>コラム冒険者からの手紙
河津秋敏
http://www.jp.square-enix.com/seiken2_som/column-detail.html?id=2395&ref=2
時田貴司
http://www.jp.square-enix.com/seiken2_som/column-detail.html?id=2401&ref=2
惣水清貴
http://www.jp.square-enix.com/seiken2_som/column-detail.html?id=2417&ref=2
渡邉典子
http://www.jp.square-enix.com/seiken2_som/column-detail.html?id=2428&ref=2
松村靖
http://www.jp.square-enix.com/seiken2_som/column-detail.html?id=2504&ref=1
井上敏行
http://www.jp.square-enix.com/seiken2_som/column-detail.html?id=2584&ref=1
http://www.jp.square-enix.com/seiken2_som/column-detail.html?id=2395&ref=2
時田貴司
http://www.jp.square-enix.com/seiken2_som/column-detail.html?id=2401&ref=2
惣水清貴
http://www.jp.square-enix.com/seiken2_som/column-detail.html?id=2417&ref=2
渡邉典子
http://www.jp.square-enix.com/seiken2_som/column-detail.html?id=2428&ref=2
松村靖
http://www.jp.square-enix.com/seiken2_som/column-detail.html?id=2504&ref=1
井上敏行
http://www.jp.square-enix.com/seiken2_som/column-detail.html?id=2584&ref=1
2017年12月14日木曜日
2017年5月31日水曜日
2017年1月6日金曜日
2016年6月24日金曜日
2016年6月14日火曜日
聖剣伝説2:ナーシャ
いや、一度も顔を合わせた事が無いのです。 RT @isakio: @Hiroki_Kikuta 皆さんが音楽について質問されているので、あえて違った質問を。。「聖剣2」で共に仕事をされたナーシャ・ジベリ氏との想い出は何かありますか?または伝説などw— 菊田裕樹 作曲家 Hiroki Kikuta / Game Music Composer (@Hiroki_Kikuta) 2010年10月28日
そもそも僕がスクウェアに入社してからはほとんど日本に居なかったんじゃないかなあ。 RT @isakio: @Hiroki_Kikuta えっ、そうだったんですか!?てっきり近場でよく顔合わせてるものだと思っていました・・・— 菊田裕樹 作曲家 Hiroki Kikuta / Game Music Composer (@Hiroki_Kikuta) 2010年10月28日
2015年4月20日月曜日
RPGアツマール>"運命のようなもの"が働いていた?……坂口博信が自作ゲームからFINAL FANTASYに辿り着くまで
運命のようなもの"が働いていた?……坂口博信が自作ゲームからFINAL FANTASYに辿り着くまで
https://ch.nicovideo.jp/indies-game/blomaga/ar772866
坂口博信
https://ch.nicovideo.jp/indies-game/blomaga/ar772866
坂口博信
2013年3月16日土曜日
2011年1月25日火曜日
2007年1月19日金曜日
ファミ通 2007.2.2
p14〜17
FF20年を語るファミ通独占インタビュー
・石井浩一
・河津秋敏
・田中弘道
・橋本真司
・入社して半年くらいの石井が、坂口からRPG作るから企画書を書けと言われて、そこからスタート
・1人で企画原案やプロットを作ったりと、しばらくしてから河津が来て、坂口と3人で話し合い
・そうしているうちに他のタイトルを作っていた人も合流
・田中が合流したときは、テスト画面が動き始めたくらいのころで、まだ全然できていなかった
・ナーシャ が来た途端に、スクロールスピードが変わった
・2のときはビザが切れてアメリカに帰ったナーシャ と毎日2時間くらい国際電話。最後の1ヶ月半ぐらいはカリフォルニアのサクラメントに機材を持ち込んで開発
・3の召喚獣は田中の発想によって実現
・河津はインタビューでFFって何ですか?と聞かれるけど、実際のところ決めていない
2003年7月11日金曜日
ドリマガ 2003.7.25
特集 さよならファミコン〜あの時の秘密〜
p20-21
人物:
・田中弘道 株式会社スクウェア・エニックス 開発担当 第3開発事業部 事業部長
1962年1月7日生まれ。A型
・石井浩一 株式会社スクウェア・エニックス 開発担当 第8開発事業部 事業部長
1964年7月9日生まれ。A型
PICKUP:
・スクウェア設立当時は会社全体で企画が10人。プログラマーが10人くらい。植松伸夫が一番年上。
・ファミコン時代は宮本社長は全ジャンルしたいという意向があったみたい。
・宮本と鈴木尚がサンフランシスコのパブリッシャーとの会合でナーシャ をスカウトしてきた。
・ナーシャ ・ジベリ、1957年の生まれ。イラン出身。
・『水晶の龍』は次のRPGへのステップ的な作品と考えていた
・ナーシャ ・ジベリ、1957年の生まれ。イラン出身。
・『水晶の龍』は次のRPGへのステップ的な作品と考えていた
・初代『聖剣伝説』はコンシューマ初のRPGとしてドラクエの1,2年前に企画されていたが、プログラマーがダウンしてしまった。
・FF1は最初坂口と石井しかいなかった。
・石井: "しかも、坂口は僕に「企画書を作れ」って言っておきながら、自分は社員旅行でハワイに行ってしまって(笑)"
・当時の坂口「RPGで確実に二番手を取りに行こう」
・FF1は、いかにドラクエと変えられるかがポイントだった。一番大事にしたのは世界観
・サイドビューバトル、バトルの背景、火水風土の属性、飛空挺
・当時は常に容量との闘いだった
・タイトルの由来、英語2文字でFFと呼ばれるようにしたいというのがあり、坂口が1日持ち帰って翌日「ファイナルファンタジー 」に。「ファイナルファイト」は「アルティメット」「究極」の意味
p21
人物
・北瀬佳範 スクウェア・エニックス 第1開発事業部 部長
PICKUP
・入社したのは、ちょうどスクウェアが御徒町から赤坂に移転したころ。井上信行や伊藤賢治とほぼ同期の入社
・最初に配属された聖剣伝説、経験者は石井と渋谷員子だけであとは新人の10人ほどのチーム
・河津秋敏からサガ1のデータ資料をもらって、ゲーム作りを教えてもらった
・佳境は毎日のように徹夜。同じように徹夜組だったFF4チームによく構ってもらった。
・ロマサガ 1は作っている最中は参加スタッフでさえどんなゲームか想像がつかなかった。マスターアップ近くに全容があきらかになってきて、すごいゲームの誕生に立ち会っていると感じた。
・SFCの製品版とマリオワールドが届いたときは、全社員リフレッシュルームで盛り上がった
・SFCで思い出深いのはFF5のエンディング。最初に見たときは鳥肌がたった。SFCならではの演出
・他社で好きだったゲームはFCのナポレオン戦記、PCエンジンのF1サーカス、ディスクシステムのアイスホッケー
・FF1は、いかにドラクエと変えられるかがポイントだった。一番大事にしたのは世界観
・サイドビューバトル、バトルの背景、火水風土の属性、飛空挺
・当時は常に容量との闘いだった
・タイトルの由来、英語2文字でFFと呼ばれるようにしたいというのがあり、坂口が1日持ち帰って翌日「ファイナルファンタジー 」に。「ファイナルファイト」は「アルティメット」「究極」の意味
p21
人物
・北瀬佳範 スクウェア・エニックス 第1開発事業部 部長
PICKUP
・入社したのは、ちょうどスクウェアが御徒町から赤坂に移転したころ。井上信行や伊藤賢治とほぼ同期の入社
・最初に配属された聖剣伝説、経験者は石井と渋谷員子だけであとは新人の10人ほどのチーム
・河津秋敏からサガ1のデータ資料をもらって、ゲーム作りを教えてもらった
・佳境は毎日のように徹夜。同じように徹夜組だったFF4チームによく構ってもらった。
・ロマサガ 1は作っている最中は参加スタッフでさえどんなゲームか想像がつかなかった。マスターアップ近くに全容があきらかになってきて、すごいゲームの誕生に立ち会っていると感じた。
・SFCの製品版とマリオワールドが届いたときは、全社員リフレッシュルームで盛り上がった
・SFCで思い出深いのはFF5のエンディング。最初に見たときは鳥肌がたった。SFCならではの演出
・他社で好きだったゲームはFCのナポレオン戦記、PCエンジンのF1サーカス、ディスクシステムのアイスホッケー
2000年12月15日金曜日
ゲーム・マエストロ VOL.1 プロデューサー/ディレクター編(1)>坂口博信
p159〜186
坂口博信
・大学3年になった春休み、田中と2人でバイトしようと読んだ就職情報誌にスクウェアが載っていた。春休みだけのつもりで応募。
・横浜日吉の2DKのマンション。入ってすぐ1作目が途中で潰れる。
・デストラップ。プログラム半分、シナリオ、絵1/4、効果音も担当。
・キングスナイト。個人的には不本意作。
・最後に何か一本作って大学に戻ろうと思っていたら、DQが発売。RPGが作れるなと、最後のゲームのつもりで、FFを作り始める。
・FF3からキャラの動きを制御するエンジンを用意してもらった。FFはその演技プログラムの発展の歴史。今、社内では「エーテル」と呼ばれている。
・植松伸夫。最初ボツと突き返したが、曲順を替えただけで良くなったと言ってしまった話。
・ナーシャ。バグが出た時に国際電話で連絡すると、口頭で直し方を言われた話。
・FFの開発、最初は4人
坂口博信
・大学3年になった春休み、田中と2人でバイトしようと読んだ就職情報誌にスクウェアが載っていた。春休みだけのつもりで応募。
・横浜日吉の2DKのマンション。入ってすぐ1作目が途中で潰れる。
・デストラップ。プログラム半分、シナリオ、絵1/4、効果音も担当。
・キングスナイト。個人的には不本意作。
・最後に何か一本作って大学に戻ろうと思っていたら、DQが発売。RPGが作れるなと、最後のゲームのつもりで、FFを作り始める。
・FF3からキャラの動きを制御するエンジンを用意してもらった。FFはその演技プログラムの発展の歴史。今、社内では「エーテル」と呼ばれている。
・植松伸夫。最初ボツと突き返したが、曲順を替えただけで良くなったと言ってしまった話。
・ナーシャ。バグが出た時に国際電話で連絡すると、口頭で直し方を言われた話。
・FFの開発、最初は4人
1994年4月15日金曜日
覇王 1994.4.29
p40-41
FF6
天野喜孝
インタビュー
・FF6の作業は去年の5月あたりから
・ゲームの制作にはほとんど口を挟まない
・ゲームに出てくるキャラと統一感を持たせようと三頭身のキャラも描いた
・スクウェアからはドラゴンのようなとか、魔導士のようなとか、と発注される
p?
スクウェア全般
坂口博信
インタビュー:渡辺浩弐のゲーム業界のキーマンに聞く(6)
・今やっとFF6のマスターROMが仕上がったところ(インタビューは2/16)
・完成の最後はスタッフ全員がモニター前に集まって最終ボスを倒すことになっている
・スクウェアは最初はパソコンの時間貸しをしていた会社。パソコン好きの若者が集まる様子を見てオーナーがソフト開発を呼びかけた
・パーティーで社長と意気投合して、ナーシャ入社
・FF1についてRPGを作るというのは会社側からの発案。バックアップシステムと2メガのROMが出たことがきっかけ。会社の総力をあげてファミコンRPGを作ることになった
・今は社内NWが整備されていて、大阪やアメリカの開発部とも結ばれている
FF6
天野喜孝
インタビュー
・FF6の作業は去年の5月あたりから
・ゲームの制作にはほとんど口を挟まない
・ゲームに出てくるキャラと統一感を持たせようと三頭身のキャラも描いた
・スクウェアからはドラゴンのようなとか、魔導士のようなとか、と発注される
p?
スクウェア全般
坂口博信
インタビュー:渡辺浩弐のゲーム業界のキーマンに聞く(6)
・今やっとFF6のマスターROMが仕上がったところ(インタビューは2/16)
・完成の最後はスタッフ全員がモニター前に集まって最終ボスを倒すことになっている
・スクウェアは最初はパソコンの時間貸しをしていた会社。パソコン好きの若者が集まる様子を見てオーナーがソフト開発を呼びかけた
・パーティーで社長と意気投合して、ナーシャ入社
・FF1についてRPGを作るというのは会社側からの発案。バックアップシステムと2メガのROMが出たことがきっかけ。会社の総力をあげてファミコンRPGを作ることになった
・今は社内NWが整備されていて、大阪やアメリカの開発部とも結ばれている
1988年8月5日金曜日
ファミリーコンピュータマガジン 1988 no.16
p80‐81 FF2
プログラマー⁼ナーシャ・ジベリ他 開発スタッフを直撃チェックだ!
アメリカ・サクラメントの自宅にてプログラマー⁼ナーシャにインタビュー
・NASIR GEBELLI
’57年、イラン出身。カリフォルニア州立大学卒業。代表作に、アップルII用「ファイアーバード」「ゴーゴン」、ファミコン用「とびだせ大作戦」など
・FFIIは3か月くらい前からスタートして、最終調整中。
・スクウェアのスタッフ6人はナーシャの家の近くのモーテルに部屋をとって開発。
・機材の持ち込みに高額の関税を支払った
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