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2014年12月4日木曜日

ファミ通 2014年12月18日増刊号

プレイステーション20周年記念号
p34-35
北瀬佳範
・初代PSの開発機材は、オフィスビルの最上階から渡り廊下を抜けた隔離部屋
・PS研究担当と、CG国際展覧会用のデモ作成担当がその部屋いた
・pc雑誌ログインの付録の海外アクションゲームの体験版を集めて、坂口と意見を交わした
・北瀬は3D推進派
・一番最初に着手したのはバトルシーン。バトルが3Dなのは最初から。

・FF10は最初解像度を低く抑えて色数を増やすモードで開発していたが、シェンムーを見て考え直して高解像度に変更。マスターアップ 半年くらい前。

2012年12月3日月曜日

プレイステーション参入


2000年7月10日月曜日

ゲーム大国ニッポン 神々の興亡 2兆円市場の未来を拓いた男たち

p203〜216
第14章 "最後の夢(ファイナルファンタジー)"に託された社運と人生

・鈴木尚の光栄時代のエピソード
・スクウェア創業直後からFF1発売までのエピソード


p217〜230
第15章 任天堂に乗るか、プレステか?運命を分ける陣営

・スクウェアのPS参入の開発面・経営面のエピソード

1998年10月30日金曜日

季刊ゲークラ 1998Auterm

特集 2003年のスクウェア
p14-18
坂口博信 株式会社スクウェア代表取締役副社長
・「ウィル」では圧縮専門のプログラマーが1人いて、瞬間描画がウリになっていた。そのルーチンを改良してアニメーションにしたのが「ブラスティー」
・マンションの一室にこもって、サークル活動をしているようなノリで次々とゲームを作っていた。
・当時、BPS・ファルコム・ゲームアーツは社長同士の仲が良く、ファミコン版「テグザー」はスクウェアでやることに。
・思ったようなゲームが作れず不満が溜まっていてFFを作ったらゲーム業界を辞めようと思っていて、「ファイナルファンタジー」というタイトルにした。
・FF1はプログラマー3人、企画4人、絵描き4〜5人+お手伝い。だいたいメイン12〜13人で作った。
・FF2、戦闘システムは河津の発案。マスターを入れるというのにいつまでもモンスターのデータをいじっているのでケンカになったことも。
・FF3の戦闘シーンは坂口と青木が担当。青木がヘビースモーカーで、タバコのヤニでハードディスクがクラッシュしたことも。
・FF3では簡易言語でキャラクターの動きを制御するシステムを作った。
・3まではイベントをつなげてストーリーを作ったが、色数が増えたりプログラムの容量が増したFF4ではキャラクターからゲームを作ってみた
・FF5のイベントは坂口と北瀬で担当。このころ社内にネットワークを引いて、情報共有化
・FF6ではスプライトのプログラムを大幅に作り直し、グラフィックを進化させた
・95年に一年かけて、シリコンフラフィックスのマシンで戦闘シーンだけを作った
・FF7で坂口は最初のほうはゲームのアウトラインや戦闘システムを考えたりしたが、開発しやすい環境作りを担当し、最終的には北瀬にディレクションをまかせて、ほとんど手はうごかしていない。

p26−29
武市智行 株式会社スクウェア代表取締役社長
・スクウェアの人事評価は「公正・公平・公開性」
・クリエイティブな働き方について労働省に相談しにいったら裁量労働制を教えてもらい採用
・インセンティブボーナスは、元々の発想はプロ野球の年俸制。販売本数や収益にインセンティブを連動させたかった
・5年後のスクウェア。世界のインタラクティブコンテンツにおいて98年3月期で9%のシェアだったのを、世界メジャーを目指して15%まであげたい。
・もう1つの目標は、CGにおいて世界で競争力のある映像を作ることのできるメーカーになること

p32-35
鈴木尚 株式会社デジキューブ代表取締役社長
・開発者が必死に作ったゲームを1本でも多く売りたいという思いがあったが、任天堂マーケットではいろんな問屋制度や習慣があって思うように進めめることができなかった。
・そこでハードをプレイステーションに移すことと、子会社で新しい流通を切り開くことを選択した。
・プレイステーションでゲーム作りたいと言い出したのは坂口。最初にFF7のオープニングムービーを見たときは、こいつが味方でよかったと思った。
・「牌神」や「パワーステークス」はデジキューブが企画・製作。デジキューブはソフトメーカになってはいけないという鈴木の信条で、発売がスクウェアで、デジキューブに卸すという段取りを経ている。
・販売している音楽CDは今は20タイトルくらいだが、5年後には数万タイトルから選べるような販売をしているはず。
・ゲームの最大のライバルは携帯電話。携帯電話に勝てる端末を作りたい。

p36
ゲームユーザ100人アンケート
FF7クリアした?
・クリアした・・・63人 ・クリアしてない・・・10人 プレイしていない・・・27人
好きなスクウェアのゲームは?
FFシリーズ・・・63% サガシリーズ・・・12% ゼノギアス・・・7% 特になし・・・6% 聖剣伝説・・・5%

p46-48
坂口博信
・1月のうち3週間ハワイ1週間日本という生活。ハワイでは手を動かし、日本では口を動かす。
・今から5年10年経てばフルCG映画と同じデータをゲーム画面上で自在に動かせる状況になるので、今のうちにCG能力値をあげておきたい。その一環としてフルCG映画を作っている。
・未来のスクウェア。ジャンルや方向性は決め込まないで、面白くて新しいゲームがどんどん出る”おもちゃのカンヅメ”のようなソフトメーカーになっていけたらいいと思っている

p56-58
植松伸夫 田中公平 対談
・会うのは初めて。昔、『宇宙英雄物語』の仕事をお願いしたが、FF6が忙しくて断られた。
・スクウェアではストーリーの設定があって曲を書くことも、曲があってストーリーに活かしてもらうことも両方ある。家内制手工業の強み。




1996年8月24日土曜日

朝日新聞1996/8/24 夕刊

ゲーム市場異変アリ 任天堂からの独立をソフト業界が宣言

・(スクウェア小林宏取締役)「当社はゲームと映画の融合を目指している。つまり、感動を重視するんです。任天堂は、感動より面白さを重視する。ゲームに対する基本的な姿勢に溝が生じた結果です」

1996年5月22日水曜日

ゲームウォーカー 1996.7

p82-83
FF7

坂口博信
インタビュー

・プラットフォームをPSに移行して、各チーム開発を始めたのが去年の11月頃
・クロノトリガーまでは自分でイベント書いてたりしたが、FF7ではスタッフのまとめ役。
・ソフトが完成したとき、一人一人がこれはオレが作ったソフトなんだと思ってるはず。そうでない場合は失敗といっていい

1996年5月1日水曜日

1996年2月22日木曜日

ゲームウォーカー 1996.4

p20
FF7
坂口博信
北瀬佳範
インタビュー

・ROMカセットでは価格的に実現不可能
・CD対応ハードは他にもあるが、自分たちのやりたきゲームを作り出せる環境に一番近かったのがPS
・『ロマサガ』『聖剣伝説』シリーズなど、97年12月までに20タイトルを予定

1996年2月11日日曜日

スクウェアのPS参入が報じられる


(今西紘史取締役)「ゲームに対する考え方の違いがある以上、致し方ない」 ※日経産業新聞

・掲載
日経産業新聞 1996年2月11日
 スクウェア、SCEと供給契約、「ファイナルファンタジー7」-―12月に投入。

1996年2月8日木曜日

スクウェア、SCEと契約締結

契約年月日:1996年2月8日
契約の内容:日本国内における、32ビット家庭用ビデオゲーム・コンピュータ・システム(商標『プレイステーション』)に使用されるビデオゲームソフトウェアの開発・販売に関する契約

有価証券報告書1996年3月期 14ページ目
https://drive.google.com/file/d/1rzpmcTeTgS1OTCKyxPPfcsJd2tEM5p-p/view?usp=drivesdk