ラベル 0739:ドリマガ の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 0739:ドリマガ の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2003年10月3日金曜日

ドリマガ 2003.10.17増刊号

ファイナルファンタジーVIIアドベントチルドレン
p28-33
人物
・北瀬佳範 1990年4月1日入社
・野村哲也 
・植松伸夫 1959年3月21日生まれ。1986年4月1日入社
・直良有祐 1971年1月9日生まれ。1993年6月1日入社
・野島一成 1964年1月20日生まれ。1995年2月1日入社
・野末武志 1972年11月20日生まれ。1999年7月1日入社

インタビュー
・FF6の開発が終わったあとにSFC用にFF7の企画が立ち上がって、みんなで企画書を出し合ったりしてたが、クロノトリガーにメインスタッフが参加することになって、企画はいったん止まった。
・クロノトリガーが終わって、サテラビューをやって、1995年のシーグラフに次世代用の実験映像を作り始めた。その頃ちょうどFF7をPSではない次世代マシンで作る話が持ち上がったが、時代の流れとタイミングの関係で、PSで作ることになった。
・一番最初の坂口プロットの段階で「ミッドガル」の原型となる都市があった。
・シナリオは北瀬と野村が「あーだこーだ」と言ったのを野島が収拾つける形
・FF7ACはビジュアルワークスから映像作品を作りたいという話があり、そのうちFF7の「続き」をやりたいという話が合わさった
・植松が参加した頃にはオープニングムービーの映像ができ始めたころ。
・最初に作ったのがオープニングの曲。北瀬にとりあえず聞いてもらおうと用意したら、坂口がついてきて聴き終えたら「ベリーグー!」と一言言って帰った
・FF7は初めてづくし。3D、CGムービー、外部の会社とのやりとり
・野島はクラウドで手一杯で、ヴィンセントを削ろうと主張してた


キングダムハーツ チェインオブメモリーズ
p36-37
人物
・野村哲也
・兼森雄一
・渡辺大祐
インタビュー

キングダムハーツII
p40-.41
人物
・野島一成
・兼森雄一
・野村哲也
インタビュー
・IIになるか「キングダムハーツ」でなくなるかの可能性があり、「II」に決まったのは2003年の8月

連載:ゲームデザイナーの仕事
キャラクターデザイナー野村哲也
p44-45
・1970年10月8日 高知県生まれ。AB型。
・1991年4月16日入社
・FF6のときにドット絵から起こしたメインキャラとサブキャラのデフォルトキャラを描いた
・フロントミッション のドリスコルやJJ。マリオRPGのFFみたいなモンスターなどの仕事も
・18歳まで高知県。自然しかなかった。TVのチャンネルは4つ
・親の話だと、子供のころからずっと絵を描いていたとのこと
・影響を受けたもの「宇宙戦艦ヤマト」「銀河鉄道999」「リングをかけろ」「風魔の小太郎」「To-y」
・初めてハマったゲームはドラクエ
・東京のデザインの専門学校に入って、上京
・エニックスのゲームで好きなのは「ドラクエIII」
・最近やったゲームでお気に入りは「メイドインワリオ」「逆転裁判1」「同2」「鉄拳4(キャラはクリスティ)」
・趣味は映画鑑賞。心に残る映画は「ロミオ&ジュリエット」。最近だと「ムーランルージュ」
・よく見るスポーツは格闘技 
・好きな色は黒と銀
・飲みにはいくが酒は飲まない。コーラを飲んで、話をいろいろするのが好き
・チェーンスモーカー
・会社は打ち合わせばかりで、絵は家で描いている





2003年8月22日金曜日

ドリマガ 2003.9.12

p40-41
ファイナルファンタジー X-2
人物:
・高井慎太郎 1992年入社
・中澤孝継 1993年入社
・窪洋一 1996年7月に中途入社
インタビュー
・通常のFFは最大時には200人以上が関わるが、今回は70人ちょっと
・現場で「FFX-2」の話が来たのは2001年末前後。4月くらいには結構動くものができていた
・最初は色々と半信半疑だったが、形になってきた頃からやる気になってきた
・お色気部分最初はイケイケだったけど、途中で修正が入った
・スペシャルドレス。リュックがメカなのは中澤要望。ユウナが花なのは高井要望
・オープニングコンサートのステージデザインは松田俊孝

p42
ファイナルファンタジー X-2
人物
・塚本哲 1973年1月21日生まれ。O型
インタビュー
・ドレスのデザインは3人で3ヶ月くらい
・2002年夏の初め頃ティーダ出てこないのが決まりかけたが、塚本の猛プッシュもあり、復活
・レンのデザインも最初は塚本の担当だった

p43-45
ファイナルファンタジーX-2
人物
・青木麻由子
・松本まりか
・豊口めぐみ
声優インタビュー

p46-47
ファイナルファンタジーX-2
人物
・野村哲也 1970年高知県生まれ。1991年入社
インタビュー
・ライセンス事業部ができた頃から、野村はグッズの監修担当
・HORIのタイニービーは二丁の銃にコントローラが挟まって繋がっていた
・FFX-2でデザインしてのは多忙のため、ユウナ、リュック、パイン、シューイン、ヌージ、レンの6キャラだけ
・ユウナは企画の最初の段階からノースリーブ、短パン、二丁拳銃の注文

ドリマガ 2003.9.12

連載:ゲームデザイナーの仕事
p154-155
新約 聖剣伝説
人物
・亀岡慎一 O型。2000年3月に退社・独立
インタビュー
・マンガ家志望時代に求人雑誌で天野喜孝の絵が目について、自分の漫画が載った雑誌をそのまま送って応募
・初仕事はFFIVのデバッグ。本格的には聖剣伝説2
・FFIXの制作に差しかかる頃、2Dの温かみのある作品を作りつづけたかったので独立
・石井浩一と辞めた後も交流があり、スクウェアがGBAで作品が出さるようになり、聖剣を、やろうという話になった

2003年8月8日金曜日

ドリマガ 2003.8.22

ページ:p26-29
作品:ファイナルファンタジー X-2
人物:
・北瀬佳範
1990年に旧スクウェアに入社。36歳。スーファミ 時代に「FFV」「FFVI」に参加。その後「FFVII」「FFVIII」「FFX」と、ほとんどの「FF」シリーズに参加する。今回、「X-2」を作った第一開発事業部の部長でもある。
好きなキャラはパイン
・鳥山求
1994年、「バハムートラグーン」の時に新卒でスクウェア入社。32歳。「FFVII」のあと「FFX」に参加。本作「X-2」でもディレクターをつとめ、いろいろな仕掛けを...?
好きなキャラはアニキ
・野島一成
「野島の原点はキャディにあり。どんなゲームのセリフも手を抜かない(笑)」と評するのは北瀬氏。データイースト時代には「ヘラクレスの栄光」「探偵神宮寺三郎」シリーズなど数多くの名シナリオを手掛けたのがこの人。39歳。代表作は鳥山氏と一緒にやった「バハムートラグーン 」のほか、「FFVII」「FFVIII」「FFX」、そして今回の「FFX-2」がある。
好きなキャラはウノーとサノー
入社時の面接はクロノトリガーでヘロヘロになった坂口と北瀬が担当。業界デビュー作は「バーディラッシュ」


PICKUP
・最初の企画段階では大作を作るつもりじゃなかったので、海外版もやらないつもりだった
・企画自体は「X」の海外版の頃にはなんとなくあって、「永遠のナギ節」に新しい衣装のユウナを出すつもりで野村哲也にラフデザインまで使っていたが、CG化までは至らず
・お気楽なスフィア探しから、最後はそれが原因で世界が崩れていく話は最初から決まっていた
・150万本以上売れたら、続編はリュックので作ると松本まりかさんに言った
・今の心境的に「X-3」はない

2003年7月11日金曜日

ドリマガ 2003.7.25

特集 さよならファミコン〜あの時の秘密〜

p20-21
人物:
・田中弘道 株式会社スクウェア・エニックス 開発担当 第3開発事業部 事業部長
1962年1月7日生まれ。A型
・石井浩一 株式会社スクウェア・エニックス 開発担当 第8開発事業部 事業部長
1964年7月9日生まれ。A型

PICKUP
・スクウェア設立当時は会社全体で企画が10人。プログラマーが10人くらい。植松伸夫が一番年上。
・ファミコン時代は宮本社長は全ジャンルしたいという意向があったみたい。
・宮本と鈴木尚がサンフランシスコのパブリッシャーとの会合でナーシャ をスカウトしてきた。
・ナーシャ ・ジベリ、1957年の生まれ。イラン出身。
・『水晶の龍』は次のRPGへのステップ的な作品と考えていた
・初代『聖剣伝説』はコンシューマ初のRPGとしてドラクエの1,2年前に企画されていたが、プログラマーがダウンしてしまった。
・FF1は最初坂口と石井しかいなかった。
・石井: "しかも、坂口は僕に「企画書を作れ」って言っておきながら、自分は社員旅行でハワイに行ってしまって(笑)"
・当時の坂口「RPGで確実に二番手を取りに行こう」
・FF1は、いかにドラクエと変えられるかがポイントだった。一番大事にしたのは世界観
・サイドビューバトル、バトルの背景、火水風土の属性、飛空挺
・当時は常に容量との闘いだった
・タイトルの由来、英語2文字でFFと呼ばれるようにしたいというのがあり、坂口が1日持ち帰って翌日「ファイナルファンタジー 」に。「ファイナルファイト」は「アルティメット」「究極」の意味


p21
人物
・北瀬佳範 スクウェア・エニックス 第1開発事業部 部長
PICKUP
・入社したのは、ちょうどスクウェアが御徒町から赤坂に移転したころ。井上信行や伊藤賢治とほぼ同期の入社
・最初に配属された聖剣伝説、経験者は石井と渋谷員子だけであとは新人の10人ほどのチーム
・河津秋敏からサガ1のデータ資料をもらって、ゲーム作りを教えてもらった
・佳境は毎日のように徹夜。同じように徹夜組だったFF4チームによく構ってもらった。
・ロマサガ 1は作っている最中は参加スタッフでさえどんなゲームか想像がつかなかった。マスターアップ近くに全容があきらかになってきて、すごいゲームの誕生に立ち会っていると感じた。
・SFCの製品版とマリオワールドが届いたときは、全社員リフレッシュルームで盛り上がった
・SFCで思い出深いのはFF5のエンディング。最初に見たときは鳥肌がたった。SFCならではの演出
・他社で好きだったゲームはFCのナポレオン戦記、PCエンジンのF1サーカス、ディスクシステムのアイスホッケー

2002年12月27日金曜日

ドリマガ 2003年1月10日号

ページ:82
作品:ファイナルファンタジータクティクスアドバンス
形式:インタビュー
人物:
・松野泰己
(株)スクウェア 第四開発事業部 部長
「ファイナルファンタジータクティクス アドバンス」開発プロデューサー

PICKUP
・今回は「FFタクティクス」や「オウガ」シリーズの続編というよりも、「FFタクティクス」の発展形として進化している。
・開発期間、8ヶ月。
・サウンドについて、ポップで明るいノリに仕上がっていて、この10年間に崎元が作った曲の中で一番好き。

2002年12月13日金曜日

ドリマガ 2002年12月27日号

ページ:12−14
作品:
形式:インタビュー
人物:
・和田洋一
(株)スクウェア代表取締役社長兼CEO
1959年5月28日生まれ(43歳)。A型。双子座。愛知県名古屋市出身。1984年3月、東京大学法学部を卒業後、同4月、野村証券(株)に入社。2年前の2000年4月に(株)スクウェアに入社し、執行役員→取締役兼C.F.O.→代表取締役兼C.O.O.を歴任し、昨年末、2001年12月に代表取締役社長兼C.E.O.に就任。現在に至る。スクウェアの業績回復の立て役者である和田氏の信条は、「簡単に考えてみる」だとか。物事は複雑に考えず、目的を見据えて進むことが大事なのだそうだ。

・本多圭司
(株)エニックス代表取締役社長 兼 最高執行責任者 兼 ソフトウェア事業部長
1957年12月29日生まれ(44歳)。B型。山羊座。1982年4月、(株)乃村工藝社に入社。1987年10月、旧・(株)エニックスに入社。1990年7月、エニックスアメリカコーポレーションに出向。1994年4月に商品企画本部ソフトウェア企画部長、取締役商品企画本部ソフトウェア企画部長を経て、2000年10月代表取締役社長兼最高執行責任者に就任。現在はエニックスのソフトウェア事業部長も兼任。現在のビジネス環境、スピードが重要。市場のニーズを先取りした判断が大事だと語る。


PICKUP:
・2002年10月の終わり頃になって、合併について具体的な話がはじまった。
・2005〜2006年あたりには、広い意味でのデジタルエンターテイメントが「臨界点」を迎えると考えていて、それに備えての準備として「合併」という選択肢を最終的なベストなものとして選んだ。
・合併に関してウェブ上で行ったアンケートの結果は、「今回の合併話はどうも不安だ」:51%、「今回の合併話は歓迎・支持する」:30%、「その他」:19%

2002年11月22日金曜日

ドリマガ 2002年12月6日号

ページ:74−75
作品:ファイナルファンタジータクティクスアドバンス
形式:インタビュー
人物:
・村澤裕一
FFT-A」のチーフディレクターとして現場を任されているのがこの村澤氏。今年の3月にクエストからスクウェアに入社。プログラマー出身で「オウガバトル64」(任天堂/クエスト)など数多くの作品を手がけてきた。「FFT-A」と同じGBAで発売されている「タクティクスオウガ外伝」(任天堂/クエスト)ではプランニングおよびディレクションを担当。スクウェア入社と同時に「FFT-A」の企画に着手し、現場を取り仕切る。
・本郷聡美
FFT-A」のデザインリーダー。ディレクターの村澤氏と同じく今年の3月にクエストからスクウェアに入社。スクウェア入社以前は、村澤氏とともに「オウガバトル64」(任天堂/クエスト)や「タクティクスオウガ外伝」(任天堂/クエスト)を手がけてきた。「FFT-A」では背景、マップ、ウィンドウ周辺など、シミュレーションRPGを快適に遊ぶ上で重要な箇所を筆頭に、ほぼ全般にわたる細かいパートのデザインを担当している。

PICKUP:
・今回の作品をGBAでやるというのは、前回のプロジェクト(タクティクスオウガ外伝)が一段落した頃に聞いた。
・松野とは直接面識がなく、会社に残っていた当時の古い企画書に面影を見ながら引き継いでゲームを作っていたので、本人と一緒に仕事をできるということで面白いことになったと思った。
・松野の考えるゲームの理想型はとにかく新しいものを突き詰めていくということ。
・携帯ゲーム機ならではのちょっと遊んですぐに中断できるという部分は基本コンセプト
・グラフィックに関しては縮尺よりも色味を重視して雰囲気を大切に。

2002年11月8日金曜日

ドリマガ 2002年11月22日号

ページ:41-43 
作品:ファイナルファンタジー7、ファイナルファンタジーX-2
形式:インタビュー
人物:
・北瀬佳範
(株)スクウェア業務執行役員開発担当 第1開発事業部 事業部長
1966年9月23日生まれ(乙女座)。B型。スクウェアには1990年4月に中途で企画職として入社。ゲーム業界での経験はゼロからスタート。「FFV」では、「FFIV」まで1人で作られていたイベントのボリュームが膨大となったのをきっかけに、イベント担当のスタッフとして参加。以後「VI」「VII」「VIII」「X」と、「IX」を除くほとんどの「FF」シリーズに参加。現在は約70名(※ムービースタッフ除く)で製作中の「FFX-2」のプロデューサーをつとめ、約50名からなる「キングダム ハーツ -ファイナルミックス-」とともに、第1開発事業部を率いている。

PICKUP:
・中学のときは平日は部活(野球)、日曜は映画。高校は映画だけ。ゲームに熱中したのは大学から。
・大学は日本大学芸術学部映画学科。「スター・ウォーズ」の影響もあり、「モデルアニメーション」の分野を突き詰めるべき、大学時の講師の下でアニメーションの仕事に就く。CMや子供番組向けの3分くらいのアニメなどに携わる。
・作品トータルとして作りたいという気持ちから1年くらいで辞めて3、4ヶ月ほど趣味のゲームをしつつ過ごしていたところ、ゲームの攻略法を見るために読んでいたファミマガで募集広告をみてスクウェアに応募。学生のときに作ったミュージックビデオ風の自主制作アニメーションを送った。
・「FFVII」当初は坂口もキャラクターは2Dで描きたいこだわりがあったが、今後3Dが主流になるだろう意見があり、結局3Dで行くことに決まった。
・「FFVII」で一番最初に掲げていたコンセプトは「CDのアクセスを感じさせるようなゲームはダメだ」
・開発事業部制が始まるにあたって、1つのタイトルからいろんなタイトルを作って、グッズなどにも広がっていけるような展開をしたいという社長の意向と、開発スタッフ内でも面白そうという話なったことから「FFX-2」が作られることになった。

2002年10月24日木曜日

ドリマガ 2002年11月8日号

ページ:58-59
作品:ファイナルファンタジータクティクスアドバンス
形式:インタビュー
人物:
・崎元仁
1969226日生。B型。スクウェアサウンズ退社後、現在はフリーランスで活動中。若くして活動歴が長く代表作は数知れず。「ヴェリテックス」「マジカルチェイス」「ガントレット」「レイディアントシルバーガン」「蒼穹紅蓮隊」「伝説のオウガバトル」「タクティクスオウガ」「トレジャーハンターG」「ファイナルファンタジータクティクス」「ベイグラントストーリー」・・・etc。ドリマガ読者にも馴染みの深い作品がズラリ!
・植松伸夫
1959321日。O型。1986年株式会社スクウェア入社。以後、「FF」シリーズを始めとする数多くの作品を手がける。アジアの歌姫「フェイ・オン」をフィーチャーした「ファイナルファンタジーVIII」のテーマ曲「Eyes On Me」は40万枚のセールスを記録。1999年度第14回日本ゴールドディスク大賞で、ソング オブ イヤー(洋楽)を受賞(ゲーム関連曲では初)。最近オフィシャルファンクラブ「ノビヨのしっぽ」が発足。

PICKUP
・(崎元)今回は出だしが良かった。結構、今までは暗い感じの曲を作ってることが多くて、欲求不満がたまっていたかも?
・(植松)自分は最初がダメ。人に褒めてもうらうとか、すごくカッコイイの作ってやろうとか思って何曲も作り直す。結局開き直ったら、ガーっと作っていける。
・(植松)PSとかでの曲作りに慣れてしまったのか、今回の曲を渡したら「こんなに音色できません」とすぐに崎元から電話がかかってきた

2002年10月11日金曜日

ドリマガ 2002年10月25日号

ページ:46-47
作品:アンリミテッド:サガ
形式:記事、インタビュー
人物:
・惣水清貴
(株)スクウェア 第2開発事業部 宣伝担当

PICKUP:
・開発期間、約2年。開発規模、約50名。目標本数、100万本。
・「やっておもしろいゲームが作りたい」がプロデューサーである河津の口癖
・画面からの情報量を整理して、本質の部分(謎解きと成長)を重視したシステム
・過去作の出荷本数(2002年3月31日現在)
機種タイトル出荷本数
GB魔界塔士サ・ガ110万本
WSC魔界塔士サ・ガ5万本
GBサ・ガ2秘宝伝説85万本
GB時空の覇者サ・ガ3[完結編]65万本
SFCロマンシング サ・ガ97万本
WSCロマンシング サ・ガ8万本
SFCロマンシング サ・ガ2117万本
SFCロマンシング サ・ガ3130万本
PSサガ フロンティア108万本
PSサガ フロンティア272万本

2002年9月27日金曜日

ドリマガ 2002年10月11日号

ページ:46-47
作品:
形式:インタビュー
人物:
・平田裕介
(株)スクウェア 業務執行役員
第5開発事業部担当プロデューサー
大卒時は某玩具メーカーに勤務していたが、1985年にスクウェアに営業職として転職。その頃は、ちょうど「FFI」が発売される前で、スクウェアとしても全社員で50名程度しかいなかった時期だったという。その後、宣伝担当となり「FF」シリーズや「クロノトリガー」「スーパーマリオRPG」などを手がける。1995年、スクウェアのプレイステーション参入を機に、新たに多彩なジャンルをラインナップに採り入れるため、大阪の開発チームを中心に活躍し、大阪に転勤。このたび第5開発事業部の部長となった。大阪を拠点に活躍する、スクウェアのもう1つの姿と、スタッフについていろいろと語ってもらったぞ。
・吉岡加寿彦
1991年にスクウェア入社。「チョコボの不思議なダンジョン」の企画をはじめ各タイトルを歴任。最近はここ一番”タイトル数をこなしている男”でもあり、移植ラッシュが続いた。現在はPS版「FFII」とGBA「チョコボランド」のディレクター。
・浅野裕治
1995年12月にスクウェアに入社。それ以前は関西方面のゲームメーカーでアーケードゲームを作っていたという浅野氏。家が関西で、たまたま大阪で開発できるチャンスがあるという話を聞いて、この大阪のスクウェアに入ったというが、案外そういった関西方面のクリエイターは多いという。シューティングゲーム「アインハンダー(1997年/PS)」を作ったあと、「オールスタープロレスリング」シリーズのメインデザイナーをつとめる。次の新作は秘密?
・藤井龍夫
1995年12月、左の浅野氏と同じ時期に同じ会社からスクウェアに転職。同じくアーケードゲームを作っていたことから、「アインハンダー」の開発に参加し、その後、1999年には「パラサイト・イヴII(PS)」のプログラムリーダーをつとめる。PlayOnlineの立ち上げ時には「テトラマスター」のプログラム部分を大阪で作り上げる。現在は、まったく新しい作品にチャレンジ中とのこと。近い将来の発表に期待しているよう!

PICKUP:
・もともと大阪に開発部があり、事業部制への移行に伴い第5開発事業部となった。
・大阪に開発部ができたのは、1995年12月頃。スクウェアのPS参入発表の直前。
・現在の事業部の規模は70名ぐらい。
・事業部は、「幅広いジャンルの作品作りをしている事業部」
・移植は事業部の主軸だったが、単なる移植ではなく、”プラスアルファ””プラスクオリティ”にこだわって、作り込んでいる。
・第5開発事業部ディレクターの稲福正美のチームは「アーケードゲームの開発やスポーツゲーム、RPGの各経験者などで構成され、主にアクションゲームの開発などを得意とし、基本的にはRPG以外のタイトルを開発するチーム」。稲福は「劇空間プロ野球」「日米間プロ野球」「ワールドファンタジスタ」の企画及びグラフィックス全般のディレクション業務をしてきた。
・リアルスポーツゲームもワンダースワンカラーへの移植作品も「第5」のチームが開発した。



ページ:48
作品:チョコボランド
形式:インタビュー
人物:
・吉岡加寿彦
PICKUP:
・GBA作品の開発の話があがったとき、4人で対戦できるものにしたいのがあって、それのネタとして以前作った「ダイスDEチョコボ」がすごく開発期間が短くやり残したことも多い作品だったので、やってみようとなった。
・モーグリの性格を悪くしたのは、吉岡の仕事。


ページ:49-51
作品:半熟英雄対3D
形式:インタビュー
人物:
・時田貴司
(株)スクウェア 第7開発事業部プロデューサー

1985年のスクウェア創立の翌年、アルバイトとして入社。ファミコンディスク作品に関わった後、「FFI」から参加。「FFII」「FFIV」「FFVII」等に参加しながら、「魔界塔士Sa・Ga」や「半熟英雄」など、スクウェアの代表的な作品に関わる。「クロノトリガー」では、坂口博信・堀井ゆうじ・鳥山明氏らの元で、北瀬佳範氏(現・第1開発事業部部長)とともに現場監督的に制作に参加。PSで「パラサイト・イヴ」「チョコボレーシング」、そしてPS2では「バウンサー」に参加し、このたび第7開発事業部の部長となる。最初はPCなんていじったこともなかったという時田氏のルーツと最新作へのつながりを見てみる。

2002年9月13日金曜日

ドリマガ 2002年9月27日号

ページ:42--47
作品:ファイナルファンタジータクティクス、ファイナルファンタジータクティクスアドバンス
形式:インタビュー
人物:
・松野泰己
(株)スクウェア 第4開発事業部プロデューサー
1965年生まれ。36歳、A型。19959月にスクウェアに入社。
1997年にPSで「ファイナルファンタジータクティクス」を制作。
2000年にPSで「ベイグラントストーリー」をリリースする。その後、開発プロデューサー的な立場でゼロの段階からPlayOnlineの立ち上げに参加。現在はスクウェア第4開発事業部の事業部長として、GBAのスクウェア最新作「ファイナルファンタジータクティクスアドバンス」を20名規模の体制で作る一方、水面下で「ナンバリングFF」こと「FFXII」を100名近くの体制で作っているという。次世代のスクウェアを担う注目の2作品を抱えるクリエイター・松野泰己にドリマガ急接近する!

PICKUP
・1989年2月に、クエストに入社。7年ほど在籍。
・それまでは学生のときの延長でライターのような仕事をしていた。
・ファミコンに触ったのは東京の大学に出てきてから。自分自身で買うきっかけは「ゼルダの伝説」。
・「伝説のオウガバトル」開発当時、会社の経営が厳しくなり自分の手でリストラをしないとならないことがあり、そのことが嫌で会社には「オウガバトル」が完成したら辞めると言っていた。
・任天堂のチェック完了まで時間があったため、もう1本作って辞めることに。
・結局、1995年7月の終わりに「タクティクスオウガ」がマスターアップして、翌週に辞表を提出。
・スクウェアにいる友人に誘われて、1995年9月にスクウェア入社。
・その年末にはPSでの開発がスタート。皆葉が1996年春くらいに参加し、それから1年ぐらいで「ファイナルファンタジータクティクス」を作った。
・前作「ファイナルファンタジータクティクス」の反省として、「オウガ」シリーズで最初に目指していた初心者にも手軽なシミュレーションRPG”というものが、うまく形にできなかった。
GBAというハードで、中学生のみなさんにも買って遊んで欲しいと思って、キャラクターも少年漫画タッチに。
・「FF」というシリーズは、常にゲームの先駆者であるべき商品だと思っている。
・自分1人では倒せない敵には、友達とつないでもらって共同戦線を張って強敵を倒すっていう機能も予定。
・常に新しいモノに挑戦していく、同じモノは絶対に作りたくない。


ページ:44--45
作品:ファイナルファンタジータクティクスアドバンス
形式:インタビュー
人物:
・皆葉英夫
(株)スクウェア 第4開発事業部デザイナー
FFIX」でアートディレクターとしてアート全体の総責任者をつとめた皆葉氏は、高校時代にアルバイトとしてパソコンメーカーでRPGなどを作り、フリーランスで活躍。その後まだスクウェアの全開発が100人程度の規模の頃に、「FFV」の背景まわりのスタッフとして参加した。「FFVI」「マリオRPG」に参加後、「FFタクティクス」を松野氏と作り、ハワイのチームに合流。「FFIX」を経て本作を作ることに。
・伊藤龍馬
(株)スクウェア第4開発事業部デザイナー
本作のキャラクターデザインを担当するのがこの伊藤氏。スクウェアへの入社は「FFIX」の頃、「FFX」を経て、本作に参加。このページで紹介している主人公キャラクターはもちろん、次のページのジョブや種族などについても、すべてのキャラクターデザインをこなしている。血生臭さの一切ない、さわやか少年少女達の醸し出す新たな世界観。前作とは違う伊藤氏によるキャラクターデザインを採用したことで、本作のイメージは大きく変わったと言える。

PICKUP
・ミュートは最初おかっぱみたいな感じで描いていたが、皆葉からロック調のキャラの提案があり、現在の形に。

2002年8月24日土曜日

ドリマガ 2002年9月6日号

ページ:42-44
作品:
形式:インタビュー
人物:
・橋本真司
(株)スクウェア 業務執行役員 宣伝・営業担当
1958年(昭和33年)5月24日生まれ。1994年(平成7年)4月1日にスクウェアに入社。スクウェア関連会社の責任者を務め、今年3月までは主に開発サイドにて、プロデュース業をこなす。スクウェアでの最初の仕事は「フロントミッション」(スーパーファミコン/’95年2月24日発売)。以降、「FFVII」で宣伝プロデューサーを務めたのち、宣伝・販売推進・ライセンス事業・営業企画など対外交渉も含めた業務を担当。現在はスクウェアの業務執行役員。今までにも多くの作品に参加したが、最近では「キングダムハーツ」のプロデュース業も務め、ヒットをさせた経歴を持つ。

PICKUP:
・開発を統括していた坂口が退社し、新しい体制を模索していた。
・試験的には昨年(2001年)の秋から今の事業部制的な形で開発を進め、正式には今年(2002年)の4月1日から新しい”事業部制”が始まった。
・かつての「プロダクション制」に近い形だが、プロジェクトの最初から最後までがちゃんとわかるようにしようという点が違う。
・事業部で区切られているが、コストと技術共有の面から人員はケースバイケースで流動的に動かしていく。
・第1事業部 事業部長は北瀬佳範。第2事業部 事業部長は河津秋敏。第3事業部 事業部長は田中弘道、副事業部長は石井浩一。第4事業部 事業部長は松野泰己。第5事業部 事業部長は平田裕介。石井は8月1日に新設された第8事業部部長を兼任。
・ホノルルで開発されたCGの最新技術は、そのまま東京にメンバーとともに継承している。

2002年7月20日土曜日

ドリマガ 2002年8月9日号

ページ:110-111
作品:PS版ファイナルファンタジーI,PS版ファイナルファンタジーII
形式:インタビュー
人物:
・吉岡加寿彦
(株)スクウェア プランナー
WS版「FF」「FFII」などを手がける。今回、PS版「II」のディレクションを担当。
・河原勝吉
(株)スクウェア プランナー
PS版「FFV」「FFVI」などを手がけた。今回は、両作品のムービーの監修を担当。
・京念秀史
(株)スクウェア プランナー
「FFVII」「バウンサー」などを手がけた。今回、「I」のディレクションを担当。


PICKUP:
・CDーROMということで、レスポンスが悪くならないように一番気を使った。
・WSC版をもとにしているが、グラフィックは描き直している。「II」ではデザインを変えたモンスターも。