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2000年7月10日月曜日

ゲーム大国ニッポン 神々の興亡 2兆円市場の未来を拓いた男たち

p203〜216
第14章 "最後の夢(ファイナルファンタジー)"に託された社運と人生

・鈴木尚の光栄時代のエピソード
・スクウェア創業直後からFF1発売までのエピソード


p217〜230
第15章 任天堂に乗るか、プレステか?運命を分ける陣営

・スクウェアのPS参入の開発面・経営面のエピソード

1986年12月22日月曜日

ログイン 1987年 NO.1

1986年12月号

特集 おめでたアドベンチャー元年
p246-251
アドベンチャー座談会 in OSAKA
今林宏行(シンキングラビット)
鈴木理香(リバーヒルソフト)
橋本昌也(日本ファルコム)
雪ノ浦美樹(スクウェア)
企画部リーダー。新婚。スクウェア創立時より、グラフィックデザイナーとして在籍。"アルファ"ではデザインを離れてシナリオを担当し、現在はファミコン版"アップルタウン物語"を企画製作中という多忙なる新人類。


・デストラップ開発前に参考に遊んだのが、トランシルバニアと鍵穴殺人事件。
・スクウェアでは映画製作と同じように、ストーリーや絵を見せて、場面にあった曲を作ってもらっている。
・スクウェアはアニメーション効果でセンセーションを巻き起こしてきた。このノリの維持が当面の使命。

1986年2月18日火曜日

テクノポリス 1986年3月号

ページ:89-92
作品:デス・トラップ
形式:インタビュー
人物:
・坂口博信
出身地:茨城県水戸市
生年月日:昭和37年11月25日。射手座。23歳。A型。
出身校:横浜国大工学部電機工学科在学中。
PICKUP:
・坂口は、『from A』を見て、春休みの1ヶ月のバイトのプログラマーとしてスクウェアに入った。
・なんとなく匂いが好きで、最初はパン屋のバイトがしたかった。
・デストラップは、4月にシナリオ考えはじめ、6月にプログラム着手。完成9月。
・体制は、グラフィック3人、プログラマー2人、全部で10人くらい。坂口の担当はシナリオとプログラム少し、全体のまとめ。
・ウィルは85年1月からシナリオ作り。風邪を引いて1週間寝込んでたときに誕生。
・ブラスティーは、85年8月終わり頃から着手。一番苦労したのは、よその会社との応対。
・坂口、プログラマーからシナリオに転向したことについて「ざっくばらんにいっちゃうと、プログラミングの力が追いつかない、とかね(笑)。まあ、向いていないみたいです。閉じこもってコツコツというのが昔から苦手で、表に出たいという……。ロックでもボーカルとギターで、目立つところしかやりたくない(笑)」
・坂口、この時点でまだバイト。『ブラスティー』から給料制。曰く「企画部長あたりをひそかに狙っている」

1985年11月1日金曜日

ログイン 1985 12月号

ページ:170-173
作品:ウィル,デス・トラップ,ジェネシス,アムトラック,ブラスティー
形式:特集記事
人物:
・坂口博信 企画開発部
・田中弘道 企画開発部
・青木和彦 企画開発部
・斎藤哲 副代表
PICKUP:
・デス・トラップの開発がスタートしたのは、昭和59年(1984年)の初め。
・デストラップは正統派、ウィルはウケ線狙い、ジェネシスはストーリー性重視。
・アムトラックは青木和彦が開発。9割方完成しているが青木がブラスティー開発に移ったため開発中断。この時点では来春発売予定。
・ブラスティーではガンプラをコマ撮りしたもので一部コンテを作成
・ブラスティーのデザインの打ち合わせの際、軽い気持ちで行ったら身長やバーニヤの数などをいきなり聞かれ、これはいかんと細かい企画書を後日作成した。

1984年10月1日月曜日

デストラップ

発売月:1984年10月
発売機種:PC-8801シリーズ,PC-9801シリーズ,FMシリーズ

出典:パソコンゲーム80年代記 p61