[VGB真剣勝負][第一回]ダフトに何があったのか[リアル申し開き]追加インタビューその2
2019年10月30日水曜日
2015年4月20日月曜日
RPGアツマール>"運命のようなもの"が働いていた?……坂口博信が自作ゲームからFINAL FANTASYに辿り着くまで
運命のようなもの"が働いていた?……坂口博信が自作ゲームからFINAL FANTASYに辿り着くまで
https://ch.nicovideo.jp/indies-game/blomaga/ar772866
坂口博信
https://ch.nicovideo.jp/indies-game/blomaga/ar772866
坂口博信
2000年7月10日月曜日
ゲーム大国ニッポン 神々の興亡 2兆円市場の未来を拓いた男たち
p203〜216
第14章 "最後の夢(ファイナルファンタジー)"に託された社運と人生
・鈴木尚の光栄時代のエピソード
・スクウェア創業直後からFF1発売までのエピソード
p217〜230
第14章 "最後の夢(ファイナルファンタジー)"に託された社運と人生
・鈴木尚の光栄時代のエピソード
・スクウェア創業直後からFF1発売までのエピソード
p217〜230
第15章 任天堂に乗るか、プレステか?運命を分ける陣営
・スクウェアのPS参入の開発面・経営面のエピソード
1986年3月1日土曜日
1986年2月18日火曜日
テクノポリス 1986年3月号
ページ:89-92
作品:デス・トラップ
形式:インタビュー
人物:
・坂口博信
出身地:茨城県水戸市
生年月日:昭和37年11月25日。射手座。23歳。A型。
出身校:横浜国大工学部電機工学科在学中。
PICKUP:
・坂口は、『from A』を見て、春休みの1ヶ月のバイトのプログラマーとしてスクウェアに入った。
・なんとなく匂いが好きで、最初はパン屋のバイトがしたかった。
作品:デス・トラップ
形式:インタビュー
人物:
・坂口博信
出身地:茨城県水戸市
生年月日:昭和37年11月25日。射手座。23歳。A型。
出身校:横浜国大工学部電機工学科在学中。
PICKUP:
・坂口は、『from A』を見て、春休みの1ヶ月のバイトのプログラマーとしてスクウェアに入った。
・なんとなく匂いが好きで、最初はパン屋のバイトがしたかった。
・デストラップは、4月にシナリオ考えはじめ、6月にプログラム着手。完成9月。
・体制は、グラフィック3人、プログラマー2人、全部で10人くらい。坂口の担当はシナリオとプログラム少し、全体のまとめ。
・ウィルは85年1月からシナリオ作り。風邪を引いて1週間寝込んでたときに誕生。
・ブラスティーは、85年8月終わり頃から着手。一番苦労したのは、よその会社との応対。
・坂口、プログラマーからシナリオに転向したことについて「ざっくばらんにいっちゃうと、プログラミングの力が追いつかない、とかね(笑)。まあ、向いていないみたいです。閉じこもってコツコツというのが昔から苦手で、表に出たいという……。ロックでもボーカルとギターで、目立つところしかやりたくない(笑)」
・坂口、この時点でまだバイト。『ブラスティー』から給料制。曰く「企画部長あたりをひそかに狙っている」
1985年11月1日金曜日
ログイン 1985 12月号
ページ:170-173
作品:ウィル,デス・トラップ,ジェネシス,アムトラック,ブラスティー
形式:特集記事
人物:
・坂口博信 企画開発部
・田中弘道 企画開発部
・青木和彦 企画開発部
・斎藤哲 副代表
PICKUP:
作品:ウィル,デス・トラップ,ジェネシス,アムトラック,ブラスティー
形式:特集記事
人物:
・坂口博信 企画開発部
・田中弘道 企画開発部
・青木和彦 企画開発部
・斎藤哲 副代表
PICKUP:
・デス・トラップの開発がスタートしたのは、昭和59年(1984年)の初め。
・デストラップは正統派、ウィルはウケ線狙い、ジェネシスはストーリー性重視。
・アムトラックは青木和彦が開発。9割方完成しているが青木がブラスティー開発に移ったため開発中断。この時点では来春発売予定。
・ブラスティーではガンプラをコマ撮りしたもので一部コンテを作成
・ブラスティーのデザインの打ち合わせの際、軽い気持ちで行ったら身長やバーニヤの数などをいきなり聞かれ、これはいかんと細かい企画書を後日作成した。
1985年9月1日日曜日
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