https://game.watch.impress.co.jp/docs/interview/1227903.html
2020年1月14日火曜日
2019年10月30日水曜日
2018年9月17日月曜日
2017年5月31日水曜日
1998年7月15日水曜日
産経新聞 1998年07月15日 東京夕刊
ゲームの神様 坂口博信・スクウェア副社長
・ブラスティー。個人的に気に入っているので、そろそろプレステ版で復活させようかなと思っています。
| タイトル | 出荷本数 (単位:万本) |
| 魔界塔士サ・ガ | 110 |
| ファイナルファンタジーIII | 140 |
| ファイナルファンタジーIV | 144 |
| ファイナルファンタジーV | 245 |
| 聖剣伝説2 | 150 |
| ロマンシング サ・ガ2 | 118 |
| ファイナルファンタジーVI | 255 |
| クロノ・トリガー | 203 |
| ロマンシング サ・ガ3 | 130 |
| スーパーマリオRPG | 147 |
| ファイナルファンタジーVII | 330 |
| ファイナルファンタジータクティクス | 123 |
| サガ フロンティア | 104 |
| チョコボの不思議なダンジョン | 120 |
| パラサイト・イヴ | 140 |
1992年12月11日金曜日
ファミコン通信 1992.12.25
p110
FF5
植松伸夫
インタビュー
・ブラスティに外注アルバイトで2曲くらい作ったのがスクウェアとの初仕事
・スクウェアは、音楽もシナリオもバトルも一緒にスタートする
・16Mになり音楽に表情がでた。でも最後には容量が足りなくなった
・おすすめの曲はオープニング。最初に出来た曲で、全体のイメージをリードした。
FF5
植松伸夫
インタビュー
・ブラスティに外注アルバイトで2曲くらい作ったのがスクウェアとの初仕事
・スクウェアは、音楽もシナリオもバトルも一緒にスタートする
・16Mになり音楽に表情がでた。でも最後には容量が足りなくなった
・おすすめの曲はオープニング。最初に出来た曲で、全体のイメージをリードした。
1991年7月4日木曜日
HIPPON SUPER 1991年8月号
FF4
ページ:4-7
人物
・坂口博信
FFシリーズディレクター
スクウェア設立時よりアルバイトで製作参加し、同社の数多くのソフトにおいて、ゲームデザイナー、プログラマ、ディレクター等を務める。現在、(株)スクウェア・代表取締役副社長。FC、SFCの世界では、ファイナルファンタジーシリーズのゲームデザイナー、総合ディレクターとして知られる。
形式:インタビュー
PICKUP:
・新しいシステムで、前作と別の面白さを作っていこう。というのが初期コンセプト。
・今回はプログラムがナーシャではなく、内部のスタッフ。
・FC版FF4は初期コンセプトだけ作った時点でストップ。シナリオも完成していなかった。聖剣伝説になったという噂もあったが、真っ赤な嘘。
・去年の5月に開発スタート。6月に坂口が結婚し1ヵ月遊んで、7月旅行、8月盆休みで、本腰を入れたのは9月。実質開発9ヵ月。後半4ヵ月くらいはほとんど家に帰っていない。
・初期コンセプトやシナリオは5月の時点で完成。
・今回の容量 プログラムはそんなに変わらない。音は5倍。絵は倍くらい。
・マップ上でのキャラクターのアニメーションについては、最初からやりたかった。
・1でクラスチェンジして3頭身になるのは、ものすごく不評だった。
・セシル、最初はワールドマップ上でも仮面を被ってた。
・1~4までの坂口の役割。1:ナーシャと一緒にデータ構造を考えたり。2:シナリオの落とし込み、各イベントを考える作業だけ。3:2とほぼ同じ。4:ディレクター。シナリオには多少タッチ。
・はじめて作ったRPGはブラスティー。デモだけすごい、浅はかな企画だった。
・今回の売りはアクティブ・タイム・バトル。最初作ったのがつまらなく、4,5回作り直した。
・次回作はまだチームもできてない状態。別チームで1本動いているのがある。
ページ:4-7
人物
・坂口博信
FFシリーズディレクター
スクウェア設立時よりアルバイトで製作参加し、同社の数多くのソフトにおいて、ゲームデザイナー、プログラマ、ディレクター等を務める。現在、(株)スクウェア・代表取締役副社長。FC、SFCの世界では、ファイナルファンタジーシリーズのゲームデザイナー、総合ディレクターとして知られる。
形式:インタビュー
PICKUP:
・新しいシステムで、前作と別の面白さを作っていこう。というのが初期コンセプト。
・今回はプログラムがナーシャではなく、内部のスタッフ。
・FC版FF4は初期コンセプトだけ作った時点でストップ。シナリオも完成していなかった。聖剣伝説になったという噂もあったが、真っ赤な嘘。
・去年の5月に開発スタート。6月に坂口が結婚し1ヵ月遊んで、7月旅行、8月盆休みで、本腰を入れたのは9月。実質開発9ヵ月。後半4ヵ月くらいはほとんど家に帰っていない。
・初期コンセプトやシナリオは5月の時点で完成。
・今回の容量 プログラムはそんなに変わらない。音は5倍。絵は倍くらい。
・マップ上でのキャラクターのアニメーションについては、最初からやりたかった。
・1でクラスチェンジして3頭身になるのは、ものすごく不評だった。
・セシル、最初はワールドマップ上でも仮面を被ってた。
・1~4までの坂口の役割。1:ナーシャと一緒にデータ構造を考えたり。2:シナリオの落とし込み、各イベントを考える作業だけ。3:2とほぼ同じ。4:ディレクター。シナリオには多少タッチ。
・はじめて作ったRPGはブラスティー。デモだけすごい、浅はかな企画だった。
・今回の売りはアクティブ・タイム・バトル。最初作ったのがつまらなく、4,5回作り直した。
・次回作はまだチームもできてない状態。別チームで1本動いているのがある。
1987年10月20日火曜日
チャレンジ‼パソコン AVG&RPG II
P45 ブラスティー
開発スタッフ
Program
PC88
三枝旬
須見昭芳
佐々木茂彦
吉田昭弘
PC98
若松真
深野良幸
X1
小山隆史
矢野栄二郎
Scenario
坂口博信
青木和彦
Graphic
(株)サンライズ
雪ノ浦美樹
中田浩美
Music
宇野たかし
植松伸夫
P73 アルファ
Program
PC88
須見昭芳
三枝旬
佐々木茂彦
PC98
山本宏
FM
杉谷成一
安達景太郎
森剛之
X1
矢野栄二郎
Scenario
田中弘道
Graphic
中田浩美
渋谷員子
杉山里子
今川真奈美
Music
植松伸夫
P283~290
特別寄稿 ブラスティー開発手記(ブラスティー設定資料集)
スクウェア 吉田貴司
・1985年7月、八丈島への社員旅行中にフルアニメーションのゲームを作ることに決まる
・アニメーションを担当する候補としてあがったのは、寺沢武一・安彦良和・宮崎駿・日本サンライズ社
・前の3人に断られたが、日本サンライズがパソコン用ソフトを企画したがっていると聞き、即座にお願いしにいきOKを貰う
・バグなどが原因で半年ほど発売が遅れる
・1986年4月26日に88版が発売。翌日にはJ&P渋谷店で1日100本売れて、スクウェアの新記録となった
1986年4月1日火曜日
1986年3月1日土曜日
1986年2月18日火曜日
テクノポリス 1986年3月号
ページ:89-92
作品:デス・トラップ
形式:インタビュー
人物:
・坂口博信
出身地:茨城県水戸市
生年月日:昭和37年11月25日。射手座。23歳。A型。
出身校:横浜国大工学部電機工学科在学中。
PICKUP:
・坂口は、『from A』を見て、春休みの1ヶ月のバイトのプログラマーとしてスクウェアに入った。
・なんとなく匂いが好きで、最初はパン屋のバイトがしたかった。
作品:デス・トラップ
形式:インタビュー
人物:
・坂口博信
出身地:茨城県水戸市
生年月日:昭和37年11月25日。射手座。23歳。A型。
出身校:横浜国大工学部電機工学科在学中。
PICKUP:
・坂口は、『from A』を見て、春休みの1ヶ月のバイトのプログラマーとしてスクウェアに入った。
・なんとなく匂いが好きで、最初はパン屋のバイトがしたかった。
・デストラップは、4月にシナリオ考えはじめ、6月にプログラム着手。完成9月。
・体制は、グラフィック3人、プログラマー2人、全部で10人くらい。坂口の担当はシナリオとプログラム少し、全体のまとめ。
・ウィルは85年1月からシナリオ作り。風邪を引いて1週間寝込んでたときに誕生。
・ブラスティーは、85年8月終わり頃から着手。一番苦労したのは、よその会社との応対。
・坂口、プログラマーからシナリオに転向したことについて「ざっくばらんにいっちゃうと、プログラミングの力が追いつかない、とかね(笑)。まあ、向いていないみたいです。閉じこもってコツコツというのが昔から苦手で、表に出たいという……。ロックでもボーカルとギターで、目立つところしかやりたくない(笑)」
・坂口、この時点でまだバイト。『ブラスティー』から給料制。曰く「企画部長あたりをひそかに狙っている」
1985年11月1日金曜日
ログイン 1985 12月号
ページ:170-173
作品:ウィル,デス・トラップ,ジェネシス,アムトラック,ブラスティー
形式:特集記事
人物:
・坂口博信 企画開発部
・田中弘道 企画開発部
・青木和彦 企画開発部
・斎藤哲 副代表
PICKUP:
作品:ウィル,デス・トラップ,ジェネシス,アムトラック,ブラスティー
形式:特集記事
人物:
・坂口博信 企画開発部
・田中弘道 企画開発部
・青木和彦 企画開発部
・斎藤哲 副代表
PICKUP:
・デス・トラップの開発がスタートしたのは、昭和59年(1984年)の初め。
・デストラップは正統派、ウィルはウケ線狙い、ジェネシスはストーリー性重視。
・アムトラックは青木和彦が開発。9割方完成しているが青木がブラスティー開発に移ったため開発中断。この時点では来春発売予定。
・ブラスティーではガンプラをコマ撮りしたもので一部コンテを作成
・ブラスティーのデザインの打ち合わせの際、軽い気持ちで行ったら身長やバーニヤの数などをいきなり聞かれ、これはいかんと細かい企画書を後日作成した。
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