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2019年10月30日水曜日

1998年7月15日水曜日

産経新聞 1998年07月15日 東京夕刊

ゲームの神様 坂口博信・スクウェア副社長
・ブラスティー。個人的に気に入っているので、そろそろプレステ版で復活させようかなと思っています。

タイトル出荷本数
(単位:万本)
魔界塔士サ・ガ110
ファイナルファンタジーIII140
ファイナルファンタジーIV144
ファイナルファンタジーV245
聖剣伝説2150
ロマンシング サ・ガ2118
ファイナルファンタジーVI255
クロノ・トリガー203
ロマンシング サ・ガ3130
スーパーマリオRPG147
ファイナルファンタジーVII330
ファイナルファンタジータクティクス123
サガ フロンティア104
チョコボの不思議なダンジョン120
パラサイト・イヴ140

1992年12月11日金曜日

ファミコン通信 1992.12.25

p110
FF5
植松伸夫
インタビュー
・ブラスティに外注アルバイトで2曲くらい作ったのがスクウェアとの初仕事
・スクウェアは、音楽もシナリオもバトルも一緒にスタートする
・16Mになり音楽に表情がでた。でも最後には容量が足りなくなった
・おすすめの曲はオープニング。最初に出来た曲で、全体のイメージをリードした。

1991年7月4日木曜日

HIPPON SUPER 1991年8月号

FF4
ページ:4-7
人物
・坂口博信
FFシリーズディレクター
スクウェア設立時よりアルバイトで製作参加し、同社の数多くのソフトにおいて、ゲームデザイナー、プログラマ、ディレクター等を務める。現在、(株)スクウェア・代表取締役副社長。FC、SFCの世界では、ファイナルファンタジーシリーズのゲームデザイナー、総合ディレクターとして知られる。
形式:インタビュー

PICKUP:
・新しいシステムで、前作と別の面白さを作っていこう。というのが初期コンセプト。
・今回はプログラムがナーシャではなく、内部のスタッフ。
・FC版FF4は初期コンセプトだけ作った時点でストップ。シナリオも完成していなかった。聖剣伝説になったという噂もあったが、真っ赤な嘘。
・去年の5月に開発スタート。6月に坂口が結婚し1ヵ月遊んで、7月旅行、8月盆休みで、本腰を入れたのは9月。実質開発9ヵ月。後半4ヵ月くらいはほとんど家に帰っていない。
・初期コンセプトやシナリオは5月の時点で完成。
・今回の容量 プログラムはそんなに変わらない。音は5倍。絵は倍くらい。
・マップ上でのキャラクターのアニメーションについては、最初からやりたかった。
・1でクラスチェンジして3頭身になるのは、ものすごく不評だった。
・セシル、最初はワールドマップ上でも仮面を被ってた。
・1~4までの坂口の役割。1:ナーシャと一緒にデータ構造を考えたり。2:シナリオの落とし込み、各イベントを考える作業だけ。3:2とほぼ同じ。4:ディレクター。シナリオには多少タッチ。
・はじめて作ったRPGはブラスティー。デモだけすごい、浅はかな企画だった。
・今回の売りはアクティブ・タイム・バトル。最初作ったのがつまらなく、4,5回作り直した。
・次回作はまだチームもできてない状態。別チームで1本動いているのがある。

1987年10月20日火曜日

チャレンジ‼パソコン AVG&RPG II

P45 ブラスティー
 開発スタッフ
  Program
  PC88  
    三枝旬
    須見昭芳
    佐々木茂彦
    吉田昭弘
  PC98
    若松真
    深野良幸
  X1
    小山隆史
    矢野栄二郎
  Scenario
    坂口博信
    青木和彦
  Graphic
    (株)サンライズ
    雪ノ浦美樹
    中田浩美
  Music
    宇野たかし
    植松伸夫
P73 アルファ
  Program
  PC88
    須見昭芳
    三枝旬
    佐々木茂彦
  PC98
    山本宏
  FM
    杉谷成一
    安達景太郎
    森剛之
  X1
    矢野栄二郎
  Scenario
    田中弘道
  Graphic
    中田浩美
    渋谷員子
    杉山里子
    今川真奈美
  Music
    植松伸夫
P283~290
 特別寄稿 ブラスティー開発手記(ブラスティー設定資料集)
 スクウェア 吉田貴司
・1985年7月、八丈島への社員旅行中にフルアニメーションのゲームを作ることに決まる
・アニメーションを担当する候補としてあがったのは、寺沢武一・安彦良和・宮崎駿・日本サンライズ社
・前の3人に断られたが、日本サンライズがパソコン用ソフトを企画したがっていると聞き、即座にお願いしにいきOKを貰う
・バグなどが原因で半年ほど発売が遅れる
・1986年4月26日に88版が発売。翌日にはJ&P渋谷店で1日100本売れて、スクウェアの新記録となった

1986年4月1日火曜日

ブラスティー

発売月:1986年4月
発売機種:PC-8801シリーズ

出典:パソコンゲーム80年代記 p75

1986年2月18日火曜日

テクノポリス 1986年3月号

ページ:89-92
作品:デス・トラップ
形式:インタビュー
人物:
・坂口博信
出身地:茨城県水戸市
生年月日:昭和37年11月25日。射手座。23歳。A型。
出身校:横浜国大工学部電機工学科在学中。
PICKUP:
・坂口は、『from A』を見て、春休みの1ヶ月のバイトのプログラマーとしてスクウェアに入った。
・なんとなく匂いが好きで、最初はパン屋のバイトがしたかった。
・デストラップは、4月にシナリオ考えはじめ、6月にプログラム着手。完成9月。
・体制は、グラフィック3人、プログラマー2人、全部で10人くらい。坂口の担当はシナリオとプログラム少し、全体のまとめ。
・ウィルは85年1月からシナリオ作り。風邪を引いて1週間寝込んでたときに誕生。
・ブラスティーは、85年8月終わり頃から着手。一番苦労したのは、よその会社との応対。
・坂口、プログラマーからシナリオに転向したことについて「ざっくばらんにいっちゃうと、プログラミングの力が追いつかない、とかね(笑)。まあ、向いていないみたいです。閉じこもってコツコツというのが昔から苦手で、表に出たいという……。ロックでもボーカルとギターで、目立つところしかやりたくない(笑)」
・坂口、この時点でまだバイト。『ブラスティー』から給料制。曰く「企画部長あたりをひそかに狙っている」

1985年11月1日金曜日

ログイン 1985 12月号

ページ:170-173
作品:ウィル,デス・トラップ,ジェネシス,アムトラック,ブラスティー
形式:特集記事
人物:
・坂口博信 企画開発部
・田中弘道 企画開発部
・青木和彦 企画開発部
・斎藤哲 副代表
PICKUP:
・デス・トラップの開発がスタートしたのは、昭和59年(1984年)の初め。
・デストラップは正統派、ウィルはウケ線狙い、ジェネシスはストーリー性重視。
・アムトラックは青木和彦が開発。9割方完成しているが青木がブラスティー開発に移ったため開発中断。この時点では来春発売予定。
・ブラスティーではガンプラをコマ撮りしたもので一部コンテを作成
・ブラスティーのデザインの打ち合わせの際、軽い気持ちで行ったら身長やバーニヤの数などをいきなり聞かれ、これはいかんと細かい企画書を後日作成した。