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2000年12月15日金曜日

坂口博信 作品歴

ゲーム・マエストロ VOL.1 プロデューサー/ディレクター編(1) p187 『坂口博信 作品集』より

P:プロデューサー、D:ディレクター

1984年
 デストラップ [D]
 デストラップII WILL [D]
1985年
 クルーズチェイサー ブラスティー [D]
1986年
 キングスナイト [D]
1987年
 とびだせ大作戦 [D]
 ハイウェイスター [D]
 ファイナルファンタジー [D]
1988年
 ファイナルファンタジーII [D]
1990年
 ファイナルファンタジーIII [D]
1991年
 ファイナルファンタジーIV [D]
1992年
 ファイナルファンタジーV [D]
1994年
 ファイナルファンタジーVI [D]
1995年
 クロノ・トリガー [P]
1997年
 ファイナルファンタジーVII [P]
1998年
 パラサイト・イヴ [P]
1999年
 ファイナルファンタジーVIII [P]
2000年
 ファイナルファンタジーIX [P]

ゲーム・マエストロ VOL.1 プロデューサー/ディレクター編(1)>坂口博信

p159〜186
坂口博信

・大学3年になった春休み、田中と2人でバイトしようと読んだ就職情報誌にスクウェアが載っていた。春休みだけのつもりで応募。
・横浜日吉の2DKのマンション。入ってすぐ1作目が途中で潰れる。
・デストラップ。プログラム半分、シナリオ、絵1/4、効果音も担当。
・キングスナイト。個人的には不本意作。
・最後に何か一本作って大学に戻ろうと思っていたら、DQが発売。RPGが作れるなと、最後のゲームのつもりで、FFを作り始める。
・FF3からキャラの動きを制御するエンジンを用意してもらった。FFはその演技プログラムの発展の歴史。今、社内では「エーテル」と呼ばれている。
・植松伸夫。最初ボツと突き返したが、曲順を替えただけで良くなったと言ってしまった話。
・ナーシャ。バグが出た時に国際電話で連絡すると、口頭で直し方を言われた話。
・FFの開発、最初は4人


2000年12月11日月曜日

ワンダースワンカラー 発売日

ついに『ファイナルファンタジー』同梱版ワンダースワンカラー発売!!
https://web.archive.org/web/20010124002100/http://www.famitsu.com/game/news/2000/12/11/n02.html

ワンダースワンカラー発売 徹夜組も含め約160人が早朝の秋葉原に集合
https://game.watch.impress.co.jp/docs/20001209/bandai02.htm

「ワンダースワンカラー」新発売。FF同梱版は1時間で完売!!
https://ascii.jp/elem/000/000/318/318972/amp/

2000年9月22日金曜日

東京ゲームショウ 2000秋

http://tgs.cesa.or.jp/2000autumn/


【東京ゲームショウ2000秋 Vol.7】好対照のバンダイとエニックス
https://ascii.jp/elem/000/000/317/317160/amp/

『バウンサー』のディレクター、時田貴司氏のトークショー
https://web.archive.org/web/20021222120849/http://www.famitsu.com/game/special/2000/09/tgs2000/d24/eb02.html

【その4】 ワンダースワンカラーの発売日が決定!! バンダイ
https://web.archive.org/web/20021222121827/http://www.famitsu.com/game/special/2000/09/tgs2000/d22/n05.html

ワンダースワンカラーの発売日は12月9日に
https://web.archive.org/web/20010608153053/http://www.zdnet.co.jp/gamespot/special/tgs2k-au/0009/22/news33.html

東京ゲームショウ2000秋速攻レポート!
https://web.archive.org/web/20010827084923fw_/http://www.swan.channel.or.jp/swan/info/game/game_00_au.html

2000年9月6日水曜日

ファミ通 2000.9.20

p26〜27
ワンダースワンカラー スクウェア大特集
スクウェア河津氏インタビュー

・河津秋敏
一連の『サガ』シリーズをリリース。現在は、『はたらくチョコボ』を始め、ワンダースワンのオリジナルゲーム部門のプロデュースを手掛けている。

・『はたらくチョコボ』は、最初からカラー対応として作っていた
・FFのリメイクについて色々
・発表されているが聖剣伝説2のリメイクは難航しそう。

2000年8月30日水曜日

ワンダースワンカラー発表会

WonderSwan新ハード発表会に潜入!レポート  
https://web.archive.org/web/20010703102725fw_/http://www.swan.channel.or.jp/swan/info/pr/pr000830.html

ワンダースワンカラー発表会の総リポート
https://web.archive.org/web/20010111103300/http://www.famitsu.com/game/daily/2000/m08/d30/n06.html

スクウェア「ファイナルファンタジー」をワンダースワンカラーで発売
https://web.archive.org/web/20030201223803/http://www.mainichi.co.jp/life/hobby/game/news/news/past/200008/20000830_03.html

バンダイ、カラー対応の携帯ゲーム機『ワンダースワンカラー』を6800円で12月上旬発売――ファイナルファンタジー同梱版は9999円
https://ascii.jp/elem/000/000/316/316648/amp/

2000年7月10日月曜日

ゲーム大国ニッポン 神々の興亡 2兆円市場の未来を拓いた男たち

p203〜216
第14章 "最後の夢(ファイナルファンタジー)"に託された社運と人生

・鈴木尚の光栄時代のエピソード
・スクウェア創業直後からFF1発売までのエピソード


p217〜230
第15章 任天堂に乗るか、プレステか?運命を分ける陣営

・スクウェアのPS参入の開発面・経営面のエピソード

1999年12月1日水曜日

スクウェアがワンダースワンソフトの 開発・販売を決定

スクウェアがワンダースワンソフトの 開発・販売を決定
https://web.archive.org/web/20010417152653fw_/http://www.swan.channel.or.jp/swan/info/pr/pr991202.html
https://web.archive.org/web/20010709090616fw_/http://www.swan.channel.or.jp/swan/info/pr/r_pr_menu.html

ワンダースワン向け発売予定ソフトのオリジナル版販売実績
タイトル
ジャンル
オリジナル版
発売日
販売実績
対応ゲーム機
ファイナル ファンタジー
RPG
1987.12発売
52万本
FC
聖剣伝説2
アクションRPG
1993.8発売
150万本
SFC
ロマンシング サ・ガ
フリーシナリオRPG
1992.1発売
98万本
SFC
チョコボの不思議なダンジョン2
ダンジョンRPG
1998.12発売
66万本
PS

1999年6月18日金曜日

サガ フロンティア2 アルティマニア

p195〜
河津秋敏インタビュー
・河津秋敏 '87年4月1日、スクウェアに入社
p367〜
小泉今日治インタビュー
・小泉今日治 '91年4月1日、スクウェアに入社。最初に担当した仕事は『FF4イージータイプ』のモンスターのネーミング。
p429〜
ビジュアル&サウンドギャラリー
p453〜
浜渦正志インタビュー


・河津経歴:入ってすぐにマスターアップ間際の『ハイウェイスター』の手伝い。そのあと『FF1』の企画がスタートしたので最初から加わった。
・サガフロ2の開発期間は、半年くらいの助走期間ありの実質約1年。過去作だと2年くらい。

1998年10月30日金曜日

季刊ゲークラ 1998Auterm

特集 2003年のスクウェア
p14-18
坂口博信 株式会社スクウェア代表取締役副社長
・「ウィル」では圧縮専門のプログラマーが1人いて、瞬間描画がウリになっていた。そのルーチンを改良してアニメーションにしたのが「ブラスティー」
・マンションの一室にこもって、サークル活動をしているようなノリで次々とゲームを作っていた。
・当時、BPS・ファルコム・ゲームアーツは社長同士の仲が良く、ファミコン版「テグザー」はスクウェアでやることに。
・思ったようなゲームが作れず不満が溜まっていてFFを作ったらゲーム業界を辞めようと思っていて、「ファイナルファンタジー」というタイトルにした。
・FF1はプログラマー3人、企画4人、絵描き4〜5人+お手伝い。だいたいメイン12〜13人で作った。
・FF2、戦闘システムは河津の発案。マスターを入れるというのにいつまでもモンスターのデータをいじっているのでケンカになったことも。
・FF3の戦闘シーンは坂口と青木が担当。青木がヘビースモーカーで、タバコのヤニでハードディスクがクラッシュしたことも。
・FF3では簡易言語でキャラクターの動きを制御するシステムを作った。
・3まではイベントをつなげてストーリーを作ったが、色数が増えたりプログラムの容量が増したFF4ではキャラクターからゲームを作ってみた
・FF5のイベントは坂口と北瀬で担当。このころ社内にネットワークを引いて、情報共有化
・FF6ではスプライトのプログラムを大幅に作り直し、グラフィックを進化させた
・95年に一年かけて、シリコンフラフィックスのマシンで戦闘シーンだけを作った
・FF7で坂口は最初のほうはゲームのアウトラインや戦闘システムを考えたりしたが、開発しやすい環境作りを担当し、最終的には北瀬にディレクションをまかせて、ほとんど手はうごかしていない。

p26−29
武市智行 株式会社スクウェア代表取締役社長
・スクウェアの人事評価は「公正・公平・公開性」
・クリエイティブな働き方について労働省に相談しにいったら裁量労働制を教えてもらい採用
・インセンティブボーナスは、元々の発想はプロ野球の年俸制。販売本数や収益にインセンティブを連動させたかった
・5年後のスクウェア。世界のインタラクティブコンテンツにおいて98年3月期で9%のシェアだったのを、世界メジャーを目指して15%まであげたい。
・もう1つの目標は、CGにおいて世界で競争力のある映像を作ることのできるメーカーになること

p32-35
鈴木尚 株式会社デジキューブ代表取締役社長
・開発者が必死に作ったゲームを1本でも多く売りたいという思いがあったが、任天堂マーケットではいろんな問屋制度や習慣があって思うように進めめることができなかった。
・そこでハードをプレイステーションに移すことと、子会社で新しい流通を切り開くことを選択した。
・プレイステーションでゲーム作りたいと言い出したのは坂口。最初にFF7のオープニングムービーを見たときは、こいつが味方でよかったと思った。
・「牌神」や「パワーステークス」はデジキューブが企画・製作。デジキューブはソフトメーカになってはいけないという鈴木の信条で、発売がスクウェアで、デジキューブに卸すという段取りを経ている。
・販売している音楽CDは今は20タイトルくらいだが、5年後には数万タイトルから選べるような販売をしているはず。
・ゲームの最大のライバルは携帯電話。携帯電話に勝てる端末を作りたい。

p36
ゲームユーザ100人アンケート
FF7クリアした?
・クリアした・・・63人 ・クリアしてない・・・10人 プレイしていない・・・27人
好きなスクウェアのゲームは?
FFシリーズ・・・63% サガシリーズ・・・12% ゼノギアス・・・7% 特になし・・・6% 聖剣伝説・・・5%

p46-48
坂口博信
・1月のうち3週間ハワイ1週間日本という生活。ハワイでは手を動かし、日本では口を動かす。
・今から5年10年経てばフルCG映画と同じデータをゲーム画面上で自在に動かせる状況になるので、今のうちにCG能力値をあげておきたい。その一環としてフルCG映画を作っている。
・未来のスクウェア。ジャンルや方向性は決め込まないで、面白くて新しいゲームがどんどん出る”おもちゃのカンヅメ”のようなソフトメーカーになっていけたらいいと思っている

p56-58
植松伸夫 田中公平 対談
・会うのは初めて。昔、『宇宙英雄物語』の仕事をお願いしたが、FF6が忙しくて断られた。
・スクウェアではストーリーの設定があって曲を書くことも、曲があってストーリーに活かしてもらうことも両方ある。家内制手工業の強み。




1994年4月15日金曜日

覇王 1994.4.29

p40-41
FF6
天野喜孝
インタビュー
・FF6の作業は去年の5月あたりから
・ゲームの制作にはほとんど口を挟まない
・ゲームに出てくるキャラと統一感を持たせようと三頭身のキャラも描いた
・スクウェアからはドラゴンのようなとか、魔導士のようなとか、と発注される 

p?
スクウェア全般
坂口博信
インタビュー:渡辺浩弐のゲーム業界のキーマンに聞く(6)
・今やっとFF6のマスターROMが仕上がったところ(インタビューは2/16)
・完成の最後はスタッフ全員がモニター前に集まって最終ボスを倒すことになっている
・スクウェアは最初はパソコンの時間貸しをしていた会社。パソコン好きの若者が集まる様子を見てオーナーがソフト開発を呼びかけた
・パーティーで社長と意気投合して、ナーシャ入社
・FF1についてRPGを作るというのは会社側からの発案。バックアップシステムと2メガのROMが出たことがきっかけ。会社の総力をあげてファミコンRPGを作ることになった
・今は社内NWが整備されていて、大阪やアメリカの開発部とも結ばれている

1994年2月27日日曜日

ファイナルファンタジーI・II

機種:ファミコン
発売日:1994.02.27
希望小売価格:6,800円+税


特製攻略本を同梱

https://www.jp.square-enix.com/game/detail/ff1-2/

1993年12月24日金曜日

覇王 1994.2

p29-31
ロマサガ2
河津秋敏 取締役開発部長。昭和37年11月5日生まれ。B型

インタビュー

・これまでFF1・2のバトル担当、ロマサガのシナリオとディレクターを担当
・入社はファミコンが発売されてちょっとぐらいのころ
・前作でイベントの選択肢が最初からあると分かりづらいという意見があり、今回は最初は一本道に
・技や術の系列が複雑になったので削れるパラメータは削った
・ロマサガ1が去年の正月に完成し、そのあとに何をやろうかという話になった際にフリーシナリオは引き継いでいこうと決まった
・まず初めに出てきたアイディアが『皇帝』
・地名は実在する地名から引用している

1993年4月9日金曜日

電撃スーパーファミコン 1993年 6号付録『スクウェア パワーブック』

p42-45
スクウェアの歴史
坂口博信プロフィール
『ファイナルファンタジー』シリーズ全作のプロデュースを担当する、スクウェアの顔ともいうべき人物だ。現在の肩書きは副社長。制作の最高責任者という立場だが、いまも現場の第一線で活躍する。10年のあいだに急成長をとげたスクウェアの歴史の、すべてを知る、設立当初からのメンバーの1人。、1962年11月25日生まれの30歳。

・最初は2DKのマンションの1室で、パソコンゲームをつくっていた。
・当時の社長が「ファミコンでゲームを出そう」と言ったからファミコン参入
・最初のころのファミコン作品はちょっと気負いがあった。DOG時代も含めて試行錯誤のときだった。
・ナーシャは社長が海外のパーティ会場で知り合って誘った。
・FF1はDQのような楽しさプラス、見て聴いてビックリするような大作にしたかった。
・FF1のマスターアップは銀座のオフィスがあった末期のころ。急速に膨らんでいったスタッフ体制を見直した社内的にも転換期だった。
・映画なんかに比べると、ゲームの演出はまだまだのレベル。ポリゴン処理などにも興味がある。

1991年10月25日金曜日

ファミコン通信 1991年11月8日号

FF4
ページ:114
形式:インタビュー
人物:
・坂口博信
チーフディレクター

PICKUP:
・(坂口)『I』は最後まで参加してデータを作り、『II』『III』はおもに戦闘以外をやりました。『IV』では、全体のコンセプトとあとはディレクション
・FFが影響を受けたといえるのは『ウィザードリィ』とか『ウルティマ』。
・(『I』について)デザインを天野さんにお願いすることに決まったあとでストーリーが固まっていった。
・開発で一番の苦労するのは新しいシステムの部分。アクティブタイムバトルも最初のモニターでは最低の評価しかでてこなかった。

1991年8月1日木曜日

1991年7月4日木曜日

HIPPON SUPER 1991年8月号

FF4
ページ:4-7
人物
・坂口博信
FFシリーズディレクター
スクウェア設立時よりアルバイトで製作参加し、同社の数多くのソフトにおいて、ゲームデザイナー、プログラマ、ディレクター等を務める。現在、(株)スクウェア・代表取締役副社長。FC、SFCの世界では、ファイナルファンタジーシリーズのゲームデザイナー、総合ディレクターとして知られる。
形式:インタビュー

PICKUP:
・新しいシステムで、前作と別の面白さを作っていこう。というのが初期コンセプト。
・今回はプログラムがナーシャではなく、内部のスタッフ。
・FC版FF4は初期コンセプトだけ作った時点でストップ。シナリオも完成していなかった。聖剣伝説になったという噂もあったが、真っ赤な嘘。
・去年の5月に開発スタート。6月に坂口が結婚し1ヵ月遊んで、7月旅行、8月盆休みで、本腰を入れたのは9月。実質開発9ヵ月。後半4ヵ月くらいはほとんど家に帰っていない。
・初期コンセプトやシナリオは5月の時点で完成。
・今回の容量 プログラムはそんなに変わらない。音は5倍。絵は倍くらい。
・マップ上でのキャラクターのアニメーションについては、最初からやりたかった。
・1でクラスチェンジして3頭身になるのは、ものすごく不評だった。
・セシル、最初はワールドマップ上でも仮面を被ってた。
・1~4までの坂口の役割。1:ナーシャと一緒にデータ構造を考えたり。2:シナリオの落とし込み、各イベントを考える作業だけ。3:2とほぼ同じ。4:ディレクター。シナリオには多少タッチ。
・はじめて作ったRPGはブラスティー。デモだけすごい、浅はかな企画だった。
・今回の売りはアクティブ・タイム・バトル。最初作ったのがつまらなく、4,5回作り直した。
・次回作はまだチームもできてない状態。別チームで1本動いているのがある。