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2003年7月11日金曜日

ドリマガ 2003.7.25

特集 さよならファミコン〜あの時の秘密〜

p20-21
人物:
・田中弘道 株式会社スクウェア・エニックス 開発担当 第3開発事業部 事業部長
1962年1月7日生まれ。A型
・石井浩一 株式会社スクウェア・エニックス 開発担当 第8開発事業部 事業部長
1964年7月9日生まれ。A型

PICKUP
・スクウェア設立当時は会社全体で企画が10人。プログラマーが10人くらい。植松伸夫が一番年上。
・ファミコン時代は宮本社長は全ジャンルしたいという意向があったみたい。
・宮本と鈴木尚がサンフランシスコのパブリッシャーとの会合でナーシャ をスカウトしてきた。
・ナーシャ ・ジベリ、1957年の生まれ。イラン出身。
・『水晶の龍』は次のRPGへのステップ的な作品と考えていた
・初代『聖剣伝説』はコンシューマ初のRPGとしてドラクエの1,2年前に企画されていたが、プログラマーがダウンしてしまった。
・FF1は最初坂口と石井しかいなかった。
・石井: "しかも、坂口は僕に「企画書を作れ」って言っておきながら、自分は社員旅行でハワイに行ってしまって(笑)"
・当時の坂口「RPGで確実に二番手を取りに行こう」
・FF1は、いかにドラクエと変えられるかがポイントだった。一番大事にしたのは世界観
・サイドビューバトル、バトルの背景、火水風土の属性、飛空挺
・当時は常に容量との闘いだった
・タイトルの由来、英語2文字でFFと呼ばれるようにしたいというのがあり、坂口が1日持ち帰って翌日「ファイナルファンタジー 」に。「ファイナルファイト」は「アルティメット」「究極」の意味


p21
人物
・北瀬佳範 スクウェア・エニックス 第1開発事業部 部長
PICKUP
・入社したのは、ちょうどスクウェアが御徒町から赤坂に移転したころ。井上信行や伊藤賢治とほぼ同期の入社
・最初に配属された聖剣伝説、経験者は石井と渋谷員子だけであとは新人の10人ほどのチーム
・河津秋敏からサガ1のデータ資料をもらって、ゲーム作りを教えてもらった
・佳境は毎日のように徹夜。同じように徹夜組だったFF4チームによく構ってもらった。
・ロマサガ 1は作っている最中は参加スタッフでさえどんなゲームか想像がつかなかった。マスターアップ近くに全容があきらかになってきて、すごいゲームの誕生に立ち会っていると感じた。
・SFCの製品版とマリオワールドが届いたときは、全社員リフレッシュルームで盛り上がった
・SFCで思い出深いのはFF5のエンディング。最初に見たときは鳥肌がたった。SFCならではの演出
・他社で好きだったゲームはFCのナポレオン戦記、PCエンジンのF1サーカス、ディスクシステムのアイスホッケー

2003年4月18日金曜日

ファミ通 2003.5.2号

ページ:224-225
作品:新約聖剣伝説,ファイナルファンタジー1
形式:インタビュー
人物:
・石井浩一
『新約 聖剣伝説』プロデューサー
スクウェア・エニックスの業務執行役員および第8開発事業部長。『ファイナルファンタジー』シリーズのゲームデザインなどを経て、ディレクターとして『聖剣伝説』シリーズを生み出す。最近の代表作はディレクターとして手掛けた『ファイナルファンタジーXI』。
PICKUP:
・自分の求めているファンタジー世界を実現したくて、最初に作ったのが『FFI』。
・『FF』のクリスタルの設定の原点に、『聖剣』の”マナの世界”がある。
・マナの力の結晶体あるいはマナの樹の種が、現実世界で形になったものがクリスタル。
・『FF』の召喚士のツノは第三の目を増幅させる装置。
・『FFIII』のドット画のキャラクター、全部自分で描いていて、細かい部分にも狙いがある。
・新約では、視点を変えることによってキャラクターの内面を深く描いきたくて主人公を選べるようにした。
・『聖剣』の『2』と『3』は、自分の中で完成しきれていない部分がある。
・『FF外伝』をつけたのは、問屋の受注が増えるのを見込んで。
・『FFI』にて石井自身が魔法のポーズを描いたが戦士は魔法を唱えないので、バトル後にバンザイするように坂口にお願いし以後定番となった。
「あのころ、僕が考えた『FFI』の世界観などを、坂口さんに相談して作っていました。ただ、職場がスゴイ環境だったんです。倉庫だったところで作業していましたから。しかも、その横の倉庫部屋では、坂口さんが『ハイウェイスター』のバランス調整をしていたんですよ。」(石井)

2003年1月20日月曜日

ファミ通iモード 2006年2月3日増刊号

p80-83 もうひとつの、『ドラクエ』、『FF』物語

・洞正浩
スクウェア・エニックス モバイル事業部長
当時は「ファイナルファンタジー i」の開発ディレクター。「あと10年くらいしたら、あのときはよくがんばって作ったなぁ、って思えるのかもしれないですね」。
・和智信治
スクウェア・エニックス モバイル事業部 マネージャー兼プロデューサー
『ドラゴンクエスト i』プロデューサー。プロジェクト発案者にして当時の開発責任者。「進化のスピードが早い携帯電話に対応しているので、充実感を感じるヒマもないです(笑)」

・携帯電話向けのドラクエ&FFの開発エピソード
・合併前の2003年2月、目黒スクウェア本社にてNTTドコモ技術者とエニックスの携帯コンテンツチームが訪問して会合が開かれた。

2002年12月21日土曜日

ニンテンドードリーム 2003.1.21

p60-65
新約聖剣伝説
石井浩一 スクウェア 業務執行役員 第8開発事業部長

インタビュー

・オリジナルスタッフの結集は『聖剣』だからこそできた、という気がしている
・GB版はストーリー部分を基礎にしているだけで、すべて作り変えている
・いままでやってきた中で良かったシステムをピックアップして詰め込んでいくつもり
・GB版はFFを離れたくなった頃に、好きに一本作っていいと許しを得たので開発
・アクションゲームが好きだったので、アクションの感覚でRPGを遊ばせたかった
・FF1でもその気持ちがあり、戦闘のキャラアニメーションを盛り込んだ。
・FF1は世界設定をゲームに反映することに一番こだわった
・『聖剣』で一番やりたかったことは「せつなさ」をテーマに据えること
・小学生が遊んでもわからない感情かもしれないとは思ったが、最近ユーザーから実際の感想を受け取り、また『聖剣』を世に出したいという気持ちにつながった
・『聖剣』のグラフィックは技術に走らず雰囲気を大事にする
・チョコボはあるときドット絵で落書きしたもの。坂口氏に使わないか見せたら「やだ」と言われた
・祭りの夜店で買ったヒヨコが原点
・『聖剣』の世界観はみんなの共通イメージを、自分のフィルターを通して具現化しているだけな気もする
・過程を楽しむ部分をシリーズ通して大事にしている
・大学のときアルバイトで入った。面接は坂口氏。来週から来るようにその場で言われた
・スクウェア初仕事はFF1。
・開発の前半はあまり坂口氏が関わってなかったので主要な部分は自分が決めていた
・途中で河津氏が参加
・無人島に1つだけ持っていくなら『ファイプロ』
・(スクウェアで誇りに思うものを問われて)守るべきものを守りつつ、挑戦し続けるところ
・"スクウェアが挑戦できなくなったら、僕は辞めるでしょう。"

2002年7月20日土曜日

ドリマガ 2002年8月9日号

ページ:110-111
作品:PS版ファイナルファンタジーI,PS版ファイナルファンタジーII
形式:インタビュー
人物:
・吉岡加寿彦
(株)スクウェア プランナー
WS版「FF」「FFII」などを手がける。今回、PS版「II」のディレクションを担当。
・河原勝吉
(株)スクウェア プランナー
PS版「FFV」「FFVI」などを手がけた。今回は、両作品のムービーの監修を担当。
・京念秀史
(株)スクウェア プランナー
「FFVII」「バウンサー」などを手がけた。今回、「I」のディレクションを担当。


PICKUP:
・CDーROMということで、レスポンスが悪くならないように一番気を使った。
・WSC版をもとにしているが、グラフィックは描き直している。「II」ではデザインを変えたモンスターも。

2002年2月28日木曜日

ファイナルファンタジーIX アルティマニア

p7 キャラクター
p47 バトル
p81 アイテム
p127 アビリティ
p151 モンスター
p233 シナリオ
p325 ミニゲーム
p365 カード
p391 マップ
p555 シークレット

p574 天野喜孝イラストギャラリー
p578 伊藤裕之インタビュー
p583 INDEX
p590 「Melody Of Life」楽譜

・伊藤裕之、スクウェアに入る前は2年ほどプー太郎
・『FF I』『FF II』ではデバッグ、『FF III』では効果音を担当。
・『IX』のプロジェクトは『VII』のプロジェクトと同じくらいの時期にスタート
・『VIII』が終わった後に伊藤裕之ら何人かがハワイに乗りこんで、そのときが本当の意味での『IX』のスタート。ある程度の土台はあったが、土台も作り直した
・FFIVのATBはF1の中継を見て思いついた
・『IX』の発売日は2000年春予定だったが、PS2の対応で作り直したりで夏になった



2002年2月20日水曜日

パンフ『20020220』

セットリスト
人物紹介
対談 植松伸夫×山下章
・FF1〜10作曲秘話
・中山美穂のトキメキハイスクールにはお手伝いとして途中から参加

2002年2月1日金曜日

コマーシャルフォト データベース年鑑2002

P242
スクウェア
ファイナルファンタジー
1からやり直し篇

A&P=アサツーディ・ケイ+プライムピクチャーズ
CD+Pl*C=久米章一
AD+Dir=臺佳彦
Pr=佐藤啓・菱村公一
P=阿藤正一
L=丸山文雄
A=磯田典宏
ST=執行智子
HM=高久明・小谷野有美
Crd=石山英二
Cas=阿部江位子
M=岩崎工
T+Na=寺島進
T=野村真美
SE=Jimmys
PM=寺田衛・吉田尚行

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
P284
スクウェア
FINAL FANTASY X
教会篇

A&P=電通+ヴァカンス
CD=竹内誠
Pr=森邦和
Dir+P=草間和夫
L=東田保志
A=松村千昭(ダヴィンチ)
ST=ソニア・パーク
HM=林佐江子・中井智野
T=滝沢秀明
Na=ダンカン マッキンタイヤー
ED=井口信吾(サウンドシティ)
MA=小野幹和(サウンドシティ)
PM=工藤健・土井昭典

2001年5月20日日曜日

植松伸夫 作品歴

ゲーム・マエストロ VOL.3 コンポーザー編 p89より『植松伸夫 作品集』
1986年
 アルファ
 キングスナイトスペシャル
 ジェネシス
 エイリアン2
 キングスナイト
1987年
 ファイナルファンタジー
 ハイウェイスター
 飛び出せ大作戦
 JJ
 アップルタウン物語
 クレオパトラの魔宝
1988年
 ファイナルファンタジーII
 半熟英雄
1989年
 スクウェアのトムソーヤ
 魔界塔士SAGA
1990年
 ファイナルファンタジーIII
 SAGA2 秘宝伝説
1991年
 ファイナルファンタジーIV
1995年
 クロノ・トリガー(他の作曲家との共同製作)
1996年
 ガンハザード
1997年
 ファイナルファンタジーVII
1999年
 ファイナルファンタジーVIII
2000年
 ファイナルファンタジーIX

2001年4月20日金曜日

ジーエム08

p106〜
河津秋敏の仕事 サガシリーズの血脈
インタビュー

・「ハイウェイスター」や「中山美穂のときめきハイスクール」にも携わった
・FF1,2では、基本的なアイディア出し、バトルシステムのデザインを担当
・任天堂の新しい携帯ゲーム機でRPGを作る話が、河津に回ってきてサガを作ることに
・ロマサガ2は非常にきれいにできたと思っている。
・はたらくチョコボは、さりげなく他の開発者をサポートしないといけないゲーム
・河津秋敏のゲーム開発論いろいろ


2000年12月23日土曜日

ジャンプフェスタ2001

 開催日:2000年12月23日/24日

出展
・ファイナルファンタジーX
・バウンサー
・ファイナルファンタジー(WSC)
・グッズ販売

掲載
・ジャンプフェスタ2001公式ガイドブック P14