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1991年10月25日金曜日

ファミコン通信 1991年11月8日号

FF4
ページ:114
形式:インタビュー
人物:
・坂口博信
チーフディレクター

PICKUP:
・(坂口)『I』は最後まで参加してデータを作り、『II』『III』はおもに戦闘以外をやりました。『IV』では、全体のコンセプトとあとはディレクション
・FFが影響を受けたといえるのは『ウィザードリィ』とか『ウルティマ』。
・(『I』について)デザインを天野さんにお願いすることに決まったあとでストーリーが固まっていった。
・開発で一番の苦労するのは新しいシステムの部分。アクティブタイムバトルも最初のモニターでは最低の評価しかでてこなかった。

1991年9月20日金曜日

ファミコン通信 1991年10月4日号

FFの日々 前編
p85〜100

SCOOP1『ロマンシング サ・ガ』
p86〜87

SCOOP2『ファイナルファンタジーIVイージータイプ』
p88〜91

アメコミにみる『FFIV』キャラクター比較
p92〜93

『ファイナルファンタジーIV』座談会
p94〜97
弓月光/内田雄一郎/平田裕介/毛利公信
・リディアは大人になっても白、黒、召喚の全部が使えたが、あまりにも使えすぎるので白魔法は使えなくなった。
・スクウェア社内ではカインが一番人気。坂口はローザがお気に入り
・ウェイトモードは後から追加。
・飛空挺のスクロールは『F-ZERO』に刺激を受けた。みんなが『F-ZERO』ばかりやっていたのでプレー禁止令が出た。
・ラスボスは社内のデザイン。

ファイナルファンタジーIVコマシアター
p98〜99

プレゼントクイズ
p100

1991年8月14日水曜日

ファミコン通信 1991月9月6日号

ページ:98-100
作品:ファイナルファンタジー4
形式:特集レポート

PICKUP:
・ファイナルファンタジー4ができるまで
   1990年5月 大まかな構想ができる
   1990年10月 営業部や広報部にソフトのサンプルを提示
   1990年11月〜12月  スーパーファミコン版をFF4にすることに決定
   1991年5月 ほぼ完成
・FF4の販売コンセプトは"一般化"。パッケージが天野イラストから2頭身イラストに変更されたのもこの一環。
・FFを知らない一般ユーザーをターゲットに、ゲーム画面を一切出さないCMを作成。オーストラリアで収録。
・この時点でのスーパーファミコンの普及台数は約144万台。

1991年8月9日金曜日

Theスーパーファミコン 1991年10月4日号

p81〜84
すぎやまこういちのゲーム漂流記 第13回
ゲスト 坂口博信、植松伸夫

・坂口博信
1962年、茨城県生まれ。横浜国立大学中退。(株)スクウェアに入社後、1987年にファミコンソフト「ファイナルファンタジー 」を発表。以外、同シリーズのII・III ・IVのディレクターを務める。現在はスクウェアの副社長。

・植松伸夫
1959年、高知県生まれ。神奈川県大学卒業。ファイナルファンタジーシリーズをはじめとするスクウェアのゲーム音楽を担当。楽器収集、オカルト全般、プロレス、キャンプ、ベスパ、オルゴール、文通、旅行とゲーム以外にも趣味は多い。「ファイナルファンタジーIV」のアレンジバージョンはアイルランドにて録音。

・植松坂口の入社経緯。坂口は『From A』の女子事務員の募集を見て、スクウェアにアルバイトで応募。スクウェアが出来て1か月くらいのころ。
・すぎやまの半熟英雄の感想
・(すぎやまから半熟英雄の続編を作ってほしいと言われて)
>坂口 音楽はすぎやま先生がやるというのはどうですか。
>すぎやま やろうか。あのゲームだったら僕のるよ。

・すぎやまのFF4の感想
・(強制的なイベントの進み方について)
>坂口 作ってるときもこれはけっこう賛否両論あるかなと思ったんですが、今回は開き直って徹底的にやったんですよね。

マルカツスーパーファミコン 1991年8月23日/9月13日号

ページ:42-43
作品:ファイナルファンタジー4
形式:Q&A
人物:
・坂口博信
PICKUP
Q:飛空挺の航空高度 A:飛空挺の性能としては高度5,000メートルの飛行も可能。人が乗って飛ぶときの高度は1,000メートルくらい。
Q:飛空挺はなぜ飛べるのか A:シドがバロンの古文書の中から発見した「いにしえの浮遊術」を基本にして飛空挺の形そのものが飛ぶための形に設計されており、そこにシドの作り出したエンジンが組み合わさって飛ぶことが可能となっている。

1991年8月1日木曜日

1991年7月31日水曜日

SPA! 1991年07月31日号

p15 今週の顔
時給750円から年収ン千万円へ!ただのゲームおたくじゃ成り上がれない
スクウェア副社長坂口博信

1991年7月26日金曜日

マルカツスーパーファミコン 1991年8月9日号

ページ:116
作品:ファイナルファンタジー4
形式:コメント
PICKUP
CMの撮影は6月中旬にオーストラリアで実施。砂浜編2本とスタジオ編2本の4バージョン。
・砂浜編では波の音に怯えるダチョウが、檻に逃げ戻るところを撮影。

1991年7月19日金曜日

ファイナルファンタジーIV

機種:スーパーファミコン
発売日:1991.07.19
希望小売価格:8,000円+税


https://www.jp.square-enix.com/game/detail/ff4/

FF4 発売日

掲載
・ファミコン通信 1991年8月9日号
ファイナルファンタジーIV 大人気ゲーム発売当日の風景

1991年7月12日金曜日

Theスーパーファミコン 1991年7月26日号

p120〜
開発スタッフインタビュー
激論!日本の夏はファイナルファンタジーIVの夏だ

・坂口博信さん FFIVプロデューサー
・成田賢さん FFIVメインプログラマー
・高橋哲哉さん FFIVグラフィック
・時田貴司さん FFIVディレクター
・田中浩美さん FFIVグラフィック
・植松伸夫さん FFIVサウンド

・苦労した点
・FFIIIまでの反省点は活かされたか
・ATBについて採用は簡単に決めたが、モノになるまで1年くらいかかった
・FC的なイメージを引きずっている部分もあるように思える点について
・恋愛を押し出したシナリオについて

マルカツスーパーファミコン 1991年7月26日号

ページ:120-121
作品:ファイナルファンタジー4
形式:コメント
人物:
・岡宮さん
     スクウェア営業部
・坂口さん
     スクウェア開発部ディレクター
PICKUP
CMの撮影はオーストラリア。親しみやすく目を引く動物ということで、ダチョウを選んだ。
・(開発の苦労話)スーパーファミコンへの期待に対するプレッシャーが大きかった。ハードが変わったことで、限界が分からず全体のバランスが取れずにモンスターは何度も描き直した。イチオシは飛空艇の飛行シーン。『F-ZERO』に凝ってたプログラマーが思いついたもの。

1991年7月4日木曜日

HIPPON SUPER 1991年8月号

FF4
ページ:4-7
人物
・坂口博信
FFシリーズディレクター
スクウェア設立時よりアルバイトで製作参加し、同社の数多くのソフトにおいて、ゲームデザイナー、プログラマ、ディレクター等を務める。現在、(株)スクウェア・代表取締役副社長。FC、SFCの世界では、ファイナルファンタジーシリーズのゲームデザイナー、総合ディレクターとして知られる。
形式:インタビュー

PICKUP:
・新しいシステムで、前作と別の面白さを作っていこう。というのが初期コンセプト。
・今回はプログラムがナーシャではなく、内部のスタッフ。
・FC版FF4は初期コンセプトだけ作った時点でストップ。シナリオも完成していなかった。聖剣伝説になったという噂もあったが、真っ赤な嘘。
・去年の5月に開発スタート。6月に坂口が結婚し1ヵ月遊んで、7月旅行、8月盆休みで、本腰を入れたのは9月。実質開発9ヵ月。後半4ヵ月くらいはほとんど家に帰っていない。
・初期コンセプトやシナリオは5月の時点で完成。
・今回の容量 プログラムはそんなに変わらない。音は5倍。絵は倍くらい。
・マップ上でのキャラクターのアニメーションについては、最初からやりたかった。
・1でクラスチェンジして3頭身になるのは、ものすごく不評だった。
・セシル、最初はワールドマップ上でも仮面を被ってた。
・1~4までの坂口の役割。1:ナーシャと一緒にデータ構造を考えたり。2:シナリオの落とし込み、各イベントを考える作業だけ。3:2とほぼ同じ。4:ディレクター。シナリオには多少タッチ。
・はじめて作ったRPGはブラスティー。デモだけすごい、浅はかな企画だった。
・今回の売りはアクティブ・タイム・バトル。最初作ったのがつまらなく、4,5回作り直した。
・次回作はまだチームもできてない状態。別チームで1本動いているのがある。

1991年6月28日金曜日

Theスーパーファミコン 1991年7月12日号

p74〜75
スーパーファミコン メーカー見聞録
 Vol.16 スクウェア

・営業部 平田裕介さん
新婚ホヤホヤで、公使ともに充実している平田さんである。

・市場規模が見込める、将来性からスーパーファミコンに参入
・会社のターゲットは小学校高学年から、中学生がメイン。
・結果としてその層が好意をもってくれて、そこだけを意識したわけではない
・FF1のころはコンセプトで言えば、ドラクエと違うものをという意識がすごく強かった
・FF4でスーパーファミコンらしさを伝えられるシーンは、飛空挺と戦闘
・FF4の開発スタッフは今までのFFシリーズの倍以上。途中からサガのスタッフが加わった
・FF4の見どころ。音楽。ATB。回転拡大縮小。

1991年6月21日金曜日

ファミリーコンピュータマガジン 1991.7.5

p50-51
FF4
坂口博信

インタビュー

・SFCだから、スーパーなFFを作らなければという思いで制作
・クリスタルじゃなくてもよかった。 1のとき地水火風をどういう形で表現しようかというとき透明感のあるものにしようってことになった。
・ジョブチェンジに期待があったかと思うが、4はストーリー重視で作りたかった
・4での主人公は最初悪者でスタートしたかった
・飛空艇の飛行シーンは、SFC発表されたときの飛行機のデモ画面を見たプログラマーが勝手に作成
・音楽はアクトレイザーのオープニング音楽を聞いて刺激された
・最大のウリはない、全てがウリ

1991年4月24日水曜日

ファミコンスペースワールド'91

開催日:1991424日〜56
開催地:幕張メッセ

出展
・ファイナルファンタジーIV
・聖剣伝説

掲載
・Theスーパーファミコン No.10 1991

1991年2月22日金曜日

マルカツスーパーファミコン 1991年3月18日22日号

ページ:114
作品:FC版ファイナルファンタジー4、ファイナルファンタジー4
人物
・スクウェア広報、平田氏と岡宮氏

PICKUP:
・Q:発売中止の理由は? A:シナリオには自信があるが、システム的にはFCのハードでは『III』を超える納得いくものができなかった。
・Q:FC版をやめたことでSFC版に影響は? A:全然ありません。

1991年2月8日金曜日

ファイナルファンタジーVに関する名称変更のお知らせならびにお願い

1月に各誌編集部にファックスが届く。

ファイナルファンタジーVに関する    
    名称変更のお知らせならびにお願い

 平素格別の御高配を賜り厚く御礼申し上げます。
 下記のスーパーファミコン対応ソフトにつきまして御連絡をさせていただきます。ご省収の上よろしくお取りはからい下さいますようお願い申し上げます。
 昨年11月に、発表させてきただきました小社スーパーファミコン対応ソフト「ファイナルファンタジーV」につきましてタイトル変更のお知らせをさせていただきます。
 すでにご案内の通り、スクウェアではファミコン対応ソフト「ファイナルファンタジーIV」ならびにスーパーファミコン対応ソフト「ファイナルファンタジーV」を並行して開発をすすめております。また一作品における平均開発期間が18ヶ月以上の長きに及ぶため常に品質管理に留意しております。昨年末の状態で作品性を検討いたしました結果、ファミコン版「ファイナルファンタジーIV」は、「ファイナルファンタジーシリーズ」の続編としてその名に恥じない作品ではあります。が、同時に進行しておりましたスーパーファミコン版「ファイナルファンタジーV」の完成度はストーリー性、ビジュアル、キャラクターの動き、イベント等どれをとってもIVを大きく上まわる作品であると判断いたしました。無論、これはスーパーファミコンというハードウェアの力に負う所も多いのですが、スクウェアといたしましては、より優れた作品をファンの皆様に提供する責任があり、この時点で「ファイナルファンタジーIV」の開発中止を決定いたしました。その結果スーパーファミコン対応ソフトの名称は「ファイナルファンタジーV」から「ファイナルファンタジーIV」のタイトルに変更させてきただきます。発売時期(今年夏ごろ)等に関しましては変更はございません。ご理解のほどお願い申し上げます。
 またこのタイトル変更によって読者の皆様の間で混乱が生じるのではないかということを大変懸念しております。つきましては貴誌のお力で今回の変更理由が読者の皆様全体に行き届きますよう重ねてお願い申し上げます。

株式会社スクウェア

・掲載誌
ファミコン通信 1991年2月22日号
マル勝ファミコン1991年2月22日号 付録