機種:プレイステーション
発売日:1999.03.11
希望小売価格:6,800円+税
https://www.jp.square-enix.com/game/detail/ff_collection/
1999年3月11日木曜日
ファイナルファンタジーコレクション アニバーサリーパッケージ
機種:プレイステーション
発売日:1999.03.11
希望小売価格:8,800円+税
https://www.jp.square-enix.com/game/detail/ff_collection/
発売日:1999.03.11
希望小売価格:8,800円+税
天野喜孝氏描き下ろしのイラストが 彩られたオリジナルクロックが付き、特製化粧箱にセットアップ。5万本限定。
https://www.jp.square-enix.com/game/detail/ff_collection/
1998年10月30日金曜日
季刊ゲークラ 1998Auterm
特集 2003年のスクウェア
p14-18
坂口博信 株式会社スクウェア代表取締役副社長
p26−29
武市智行 株式会社スクウェア代表取締役社長
・スクウェアの人事評価は「公正・公平・公開性」
・クリエイティブな働き方について労働省に相談しにいったら裁量労働制を教えてもらい採用
・インセンティブボーナスは、元々の発想はプロ野球の年俸制。販売本数や収益にインセンティブを連動させたかった
・5年後のスクウェア。世界のインタラクティブコンテンツにおいて98年3月期で9%のシェアだったのを、世界メジャーを目指して15%まであげたい。
・もう1つの目標は、CGにおいて世界で競争力のある映像を作ることのできるメーカーになること
p32-35
鈴木尚 株式会社デジキューブ代表取締役社長
・開発者が必死に作ったゲームを1本でも多く売りたいという思いがあったが、任天堂マーケットではいろんな問屋制度や習慣があって思うように進めめることができなかった。
・そこでハードをプレイステーションに移すことと、子会社で新しい流通を切り開くことを選択した。
・プレイステーションでゲーム作りたいと言い出したのは坂口。最初にFF7のオープニングムービーを見たときは、こいつが味方でよかったと思った。
・「牌神」や「パワーステークス」はデジキューブが企画・製作。デジキューブはソフトメーカになってはいけないという鈴木の信条で、発売がスクウェアで、デジキューブに卸すという段取りを経ている。
・販売している音楽CDは今は20タイトルくらいだが、5年後には数万タイトルから選べるような販売をしているはず。
・ゲームの最大のライバルは携帯電話。携帯電話に勝てる端末を作りたい。
p36
ゲームユーザ100人アンケート
FF7クリアした?
・クリアした・・・63人 ・クリアしてない・・・10人 プレイしていない・・・27人
好きなスクウェアのゲームは?
FFシリーズ・・・63% サガシリーズ・・・12% ゼノギアス・・・7% 特になし・・・6% 聖剣伝説・・・5%
p46-48
坂口博信
・1月のうち3週間ハワイ1週間日本という生活。ハワイでは手を動かし、日本では口を動かす。
・今から5年10年経てばフルCG映画と同じデータをゲーム画面上で自在に動かせる状況になるので、今のうちにCG能力値をあげておきたい。その一環としてフルCG映画を作っている。
・未来のスクウェア。ジャンルや方向性は決め込まないで、面白くて新しいゲームがどんどん出る”おもちゃのカンヅメ”のようなソフトメーカーになっていけたらいいと思っている
p56-58
植松伸夫 田中公平 対談
・会うのは初めて。昔、『宇宙英雄物語』の仕事をお願いしたが、FF6が忙しくて断られた。
・スクウェアではストーリーの設定があって曲を書くことも、曲があってストーリーに活かしてもらうことも両方ある。家内制手工業の強み。
p14-18
坂口博信 株式会社スクウェア代表取締役副社長
・「ウィル」では圧縮専門のプログラマーが1人いて、瞬間描画がウリになっていた。そのルーチンを改良してアニメーションにしたのが「ブラスティー」
・マンションの一室にこもって、サークル活動をしているようなノリで次々とゲームを作っていた。
・当時、BPS・ファルコム・ゲームアーツは社長同士の仲が良く、ファミコン版「テグザー」はスクウェアでやることに。
・思ったようなゲームが作れず不満が溜まっていてFFを作ったらゲーム業界を辞めようと思っていて、「ファイナルファンタジー」というタイトルにした。
・FF1はプログラマー3人、企画4人、絵描き4〜5人+お手伝い。だいたいメイン12〜13人で作った。
・FF2、戦闘システムは河津の発案。マスターを入れるというのにいつまでもモンスターのデータをいじっているのでケンカになったことも。
・FF3の戦闘シーンは坂口と青木が担当。青木がヘビースモーカーで、タバコのヤニでハードディスクがクラッシュしたことも。
・FF3では簡易言語でキャラクターの動きを制御するシステムを作った。
・3まではイベントをつなげてストーリーを作ったが、色数が増えたりプログラムの容量が増したFF4ではキャラクターからゲームを作ってみた
・FF5のイベントは坂口と北瀬で担当。このころ社内にネットワークを引いて、情報共有化
・FF6ではスプライトのプログラムを大幅に作り直し、グラフィックを進化させた
・95年に一年かけて、シリコンフラフィックスのマシンで戦闘シーンだけを作った
・FF7で坂口は最初のほうはゲームのアウトラインや戦闘システムを考えたりしたが、開発しやすい環境作りを担当し、最終的には北瀬にディレクションをまかせて、ほとんど手はうごかしていない。
武市智行 株式会社スクウェア代表取締役社長
・スクウェアの人事評価は「公正・公平・公開性」
・クリエイティブな働き方について労働省に相談しにいったら裁量労働制を教えてもらい採用
・インセンティブボーナスは、元々の発想はプロ野球の年俸制。販売本数や収益にインセンティブを連動させたかった
・5年後のスクウェア。世界のインタラクティブコンテンツにおいて98年3月期で9%のシェアだったのを、世界メジャーを目指して15%まであげたい。
・もう1つの目標は、CGにおいて世界で競争力のある映像を作ることのできるメーカーになること
p32-35
鈴木尚 株式会社デジキューブ代表取締役社長
・開発者が必死に作ったゲームを1本でも多く売りたいという思いがあったが、任天堂マーケットではいろんな問屋制度や習慣があって思うように進めめることができなかった。
・そこでハードをプレイステーションに移すことと、子会社で新しい流通を切り開くことを選択した。
・プレイステーションでゲーム作りたいと言い出したのは坂口。最初にFF7のオープニングムービーを見たときは、こいつが味方でよかったと思った。
・「牌神」や「パワーステークス」はデジキューブが企画・製作。デジキューブはソフトメーカになってはいけないという鈴木の信条で、発売がスクウェアで、デジキューブに卸すという段取りを経ている。
・販売している音楽CDは今は20タイトルくらいだが、5年後には数万タイトルから選べるような販売をしているはず。
・ゲームの最大のライバルは携帯電話。携帯電話に勝てる端末を作りたい。
p36
ゲームユーザ100人アンケート
FF7クリアした?
・クリアした・・・63人 ・クリアしてない・・・10人 プレイしていない・・・27人
好きなスクウェアのゲームは?
FFシリーズ・・・63% サガシリーズ・・・12% ゼノギアス・・・7% 特になし・・・6% 聖剣伝説・・・5%
p46-48
坂口博信
・1月のうち3週間ハワイ1週間日本という生活。ハワイでは手を動かし、日本では口を動かす。
・今から5年10年経てばフルCG映画と同じデータをゲーム画面上で自在に動かせる状況になるので、今のうちにCG能力値をあげておきたい。その一環としてフルCG映画を作っている。
・未来のスクウェア。ジャンルや方向性は決め込まないで、面白くて新しいゲームがどんどん出る”おもちゃのカンヅメ”のようなソフトメーカーになっていけたらいいと思っている
p56-58
植松伸夫 田中公平 対談
・会うのは初めて。昔、『宇宙英雄物語』の仕事をお願いしたが、FF6が忙しくて断られた。
・スクウェアではストーリーの設定があって曲を書くことも、曲があってストーリーに活かしてもらうことも両方ある。家内制手工業の強み。
1997年4月1日火曜日
じゅげむ 1997.5
p109
FF4 PS版
坂口博信
・PSの本体メモリにFF4が2本入ると誰かがいった冗談がきっかけ
・7までで一番の難産だったのは4
・ハンパにリニューアルするならやめた方がいいと、完全再現することにした
・やりたいといった人間がほとんど1人で作った
・モード7の再現に苦労した
FF4 PS版
坂口博信
・PSの本体メモリにFF4が2本入ると誰かがいった冗談がきっかけ
・7までで一番の難産だったのは4
・ハンパにリニューアルするならやめた方がいいと、完全再現することにした
・やりたいといった人間がほとんど1人で作った
・モード7の再現に苦労した
1997年3月24日月曜日
1997年3月21日金曜日
ファイナルファンタジーIV ガイドブック
p62〜63
SERIES SPECIAL INTERTIEW
・今井明弘 株式会社スクウェア 宣伝部
プロデューサー。宣伝プロデュースを担当。
・青木和彦 株式会社スクウェア 開発推進室
ディレクター。企画面での御意見番。
・深谷文明 株式会社スクウェア 開発部
スーパーバイザー。移植にあたり、技術面で青木氏をサポート。
1997年3月14日金曜日
電撃プレイステーション 1997.3.28号
ページ:86−87
作品:ファイナルファンタジー4 PS版
形式:インタビュー
人物:
・青木和彦
開発推進室『FFIV』担当。オリジナル(SFC版)はバトル関係を担当。今回は移植で総括を務めた。
・植松伸夫
開発部ミュージックコンポーザー。『FF』サウンドの生みの親で今回はEDムービーの曲を新たに作曲。
・深谷文明
SFC版発売当時はユーザーだった。プログラマーで今回はSFC,PSの間を埋める橋渡し的役割で参加。
PICKUP:
・やりたいという人が集まって始まった企画。
・モザイクや回転・拡大縮小、スプライトなどPSにはない機能の再現に苦労した。
・あの当時『IV』を作れたという記念碑的な作品。
作品:ファイナルファンタジー4 PS版
形式:インタビュー
人物:
・青木和彦
開発推進室『FFIV』担当。オリジナル(SFC版)はバトル関係を担当。今回は移植で総括を務めた。
・植松伸夫
開発部ミュージックコンポーザー。『FF』サウンドの生みの親で今回はEDムービーの曲を新たに作曲。
・深谷文明
SFC版発売当時はユーザーだった。プログラマーで今回はSFC,PSの間を埋める橋渡し的役割で参加。
PICKUP:
・やりたいという人が集まって始まった企画。
・モザイクや回転・拡大縮小、スプライトなどPSにはない機能の再現に苦労した。
・あの当時『IV』を作れたという記念碑的な作品。
1997年3月1日土曜日
1997年2月22日土曜日
ゲームウォーカー 1997年4月号
1997/2/22発売
ページ:70-71
作品:ファイナルファンタジー4
形式:インタビュー
人物:
・坂口博信
(株)スクウェア代表取締役副社長。
シリーズで1000万本以上を売り上げた「ファイナルファンタジー」の生みの親。「VII」の大ヒットによって改めて、RPGメーカーとしてのスクウェアの底力を見せつけた。ゲーム以外にもフルCGの映画制作も予定されているなど、97年も同氏の飽くなき挑戦は続く
PICKUP:
・PS版FF4の企画自体は去年8月頃に上がったもの
・流れ作業になりやすいという点からも、基本的になスクウェアは移植しない。
・FF4については1回のロードでロールプレイングができる点が、おもしろいアイディアということで開発を始めた。
・1~3でなく4なのはスーパーファミコンで再出発した記念碑的作品であるため。
・4の制作当時、ちょっと会社に懐疑的になっていた。まだ自分の中で商売と開発のバランスが取れてなく、商売としてゲームを作ることに抵抗があった。
・5と6の移植予定は無し。ユーザーの希望が多ければ検討する。
1997年2月14日金曜日
ファミ通 No.428 1997年2月28日号
ページ:206-208
作品:ファイナルファンタジー4
形式:インタビュー×2
人物:
・坂口博信
株式会社スクウェアの代表取締役副社長。『FF』シリーズ産みの親であり総合プロデューサー。いつも変わらぬダンディーさの秘密はやっぱりおヒゲ⁉︎
・青木和彦
ディレクター。オリジナルでは戦闘部分を担当。
・赤尾実
オリジナルではサウンドプログラムを担当した。
・時田貴司
オリジナルでは、イベント部分など企画を担当。
・深谷文明
プログラマー。移植に際しての橋渡しを務める。
PICKUP:
・移植は、CDで手元に置いておきたい欲求がきっかけ。何の手も加えないこは最初から決まっていた。
・4は音や絵やストーリーについて分岐点となった作品。
・バロン城のパロムポロムのシーンは時田が追加したシーン。
・アクティブタイムバトルは最初のバージョンでは、すごくつまらなかった。
・今回の移植は例外。他の作品については予定にない。
・モザイクや回転拡大など、スーパーファミコンの特殊機能の再現に苦労した。
1994年8月11日木曜日
1994年7月8日金曜日
ファミコン通信 1994.7.22号
ページ:26-27
作品:ライブ・ア・ライブ
形式:インタビュー
人物:
・時田貴司
1986年グラフィックデザインのアルバイトとして入社。『半熟英雄』でお笑いに、『FFIV』でイベントの演出に目覚める。スーパーファミコン版『半熟英雄』のシナリオを経て現在に至る。
PICKUP:
・最初に作ろうと思ったきっかけは、ワールドセレクトの部分。
・チームの中で何本かシナリオを募って、そのなかから7つの世界を厳選した。
・ゲームシステム難易度の順で順番をつけてもよかったが、プレイヤーが同じ経路をたどらないようにやめた。
・チェッカーバトルはリアルタイムの将棋みたいな感じ。
・今のゲームのシナリオにオリジナリティーがなく「みんな、がんばろー」という話ばかりなので、あえてそうでないものを、と思ってテーマを作った。
・『FFIV』まではイベントを作りながらバトルのキャラクターや召喚のオブジェを描いていたが、今作ではドットの進化に技術が追いつかずグラフィック参加せず。
作品:ライブ・ア・ライブ
形式:インタビュー
人物:
・時田貴司
1986年グラフィックデザインのアルバイトとして入社。『半熟英雄』でお笑いに、『FFIV』でイベントの演出に目覚める。スーパーファミコン版『半熟英雄』のシナリオを経て現在に至る。
PICKUP:
・最初に作ろうと思ったきっかけは、ワールドセレクトの部分。
・チームの中で何本かシナリオを募って、そのなかから7つの世界を厳選した。
・ゲームシステム難易度の順で順番をつけてもよかったが、プレイヤーが同じ経路をたどらないようにやめた。
・チェッカーバトルはリアルタイムの将棋みたいな感じ。
・今のゲームのシナリオにオリジナリティーがなく「みんな、がんばろー」という話ばかりなので、あえてそうでないものを、と思ってテーマを作った。
・『FFIV』まではイベントを作りながらバトルのキャラクターや召喚のオブジェを描いていたが、今作ではドットの進化に技術が追いつかずグラフィック参加せず。
1994年7月3日日曜日
ゲームオン 1994年8月号
ページ:12-13
作品:ライブアライブ,ファイナルファンタジーIV
形式:対談
人物:
・時田第五開発部部長
・植松第一開発部マネージャー
PICKUP:
・いっしょにFF4を作ったとき「とことん映画的にしよう」が合言葉だった。
・SF編の音の演出はFF4でやりたかったこと。
・植松:『時田くんのソフトは、時田くんのにおいがするように作られているような気がする』
・時田:『ぼく自身は功夫編や西部編の独特のノリが好き』
・原始編はプレイした人に想像させようと思った。
1992年7月3日金曜日
ログイン 1992年7月3日号
ページ:
作品:
形式:求人広告
人物:
・伊藤博美
開発部
アニメーターの専門学校に2年間通い、アニメのプロダクションに入社して働くが、ハダに合わず”クチコミ”でスクウェアを知り入社に至る。ファミコン参入第1弾である『キングスナイト』や『水晶の龍』にも関わっている。最新作『ロマサガ』では背景のグラフィックのすべてを担当した。
・星野雅紀
開発部
『半熟英雄』『スクウェアのトム・ソーヤー』『FF.IV』などを担当。もともとは漫画家になりたくて、アニメも勉強しておいた方がいいだろうと思い1年間アニメーションの専門学校に通う。しかし、”水”に合わずに学校にきていたスクウェアの求人を見て応募。「そしたら受かっちゃったんです」とは本人の弁。
・皆葉英夫
開発部
高校生のときにアルバイトを兼ねた外注を始めたのが、この業界にはいるきっかけとなる。卒業後にソフトハウスに入社し、そこで10ヶ月に3本(!)のゲームを作る。その後フリーになってイラストレーター、プランナーをこなすが収入に不満があって、スクウェアに入社する。現在は秘密のビッグ・プロジェクトに参加中とのこと。
・鰰沢友恵
開発部
東京デザイナー学院出身。編集、おもちゃのデザイン、子どもショーの司会のお姉さん、インテリア関係と多彩な職場を経て、グラフィック・デザイナーとして入った会社でファミコンのグラフィックを経験。その後スクウェアに入社。現在は秘密の新作を担当しているらしい……。
PICKUP:
・スクウェアはだいたい1年で1作品を仕上げる、前の会社は10ヶ月で3本。
・グラフィックは締め切り優先ではないが、うまく描いて当たり前みたいなところがある。
・FF4のステータス画面のリディアの顔は、星野作。
・吉井清史(プログラマー 入社7年):入った時は、ちょうどFFが立ち上がったぐらい。
・北瀬佳範(企画 入社4年):ゲームの作り方とか何も知らずに入った。
・野村哲也(グラフィック 入社1年):去年の新卒で入って最初の仕事がFF4のモニター。
作品:
形式:求人広告
人物:
・伊藤博美
開発部
アニメーターの専門学校に2年間通い、アニメのプロダクションに入社して働くが、ハダに合わず”クチコミ”でスクウェアを知り入社に至る。ファミコン参入第1弾である『キングスナイト』や『水晶の龍』にも関わっている。最新作『ロマサガ』では背景のグラフィックのすべてを担当した。
・星野雅紀
開発部
『半熟英雄』『スクウェアのトム・ソーヤー』『FF.IV』などを担当。もともとは漫画家になりたくて、アニメも勉強しておいた方がいいだろうと思い1年間アニメーションの専門学校に通う。しかし、”水”に合わずに学校にきていたスクウェアの求人を見て応募。「そしたら受かっちゃったんです」とは本人の弁。
・皆葉英夫
開発部
高校生のときにアルバイトを兼ねた外注を始めたのが、この業界にはいるきっかけとなる。卒業後にソフトハウスに入社し、そこで10ヶ月に3本(!)のゲームを作る。その後フリーになってイラストレーター、プランナーをこなすが収入に不満があって、スクウェアに入社する。現在は秘密のビッグ・プロジェクトに参加中とのこと。
・鰰沢友恵
開発部
東京デザイナー学院出身。編集、おもちゃのデザイン、子どもショーの司会のお姉さん、インテリア関係と多彩な職場を経て、グラフィック・デザイナーとして入った会社でファミコンのグラフィックを経験。その後スクウェアに入社。現在は秘密の新作を担当しているらしい……。
PICKUP:
・スクウェアはだいたい1年で1作品を仕上げる、前の会社は10ヶ月で3本。
・グラフィックは締め切り優先ではないが、うまく描いて当たり前みたいなところがある。
・FF4のステータス画面のリディアの顔は、星野作。
・吉井清史(プログラマー 入社7年):入った時は、ちょうどFFが立ち上がったぐらい。
・北瀬佳範(企画 入社4年):ゲームの作り方とか何も知らずに入った。
・野村哲也(グラフィック 入社1年):去年の新卒で入って最初の仕事がFF4のモニター。
1992年6月15日月曜日
ログイン 1992年6月5日号
ページ:
作品:
形式:求人広告
人物:
・高橋哲哉
グラフィック
入社して、約1年半。他のソフトハウスで、グラフィックの仕事をしていて、ログインに載った募集広告でスクウェア入社。最新作は『FFIV』。担当はBGやモンスター、その他視覚効果部分などだが、とにかく残った仕事全部引き受けた人。
・小久保啓三
プログラム
ロマンシング サ・ガのプログラマー。入社1年半。以前は別のソフトハウスで、原子炉の制御や製鉄所のクレーン制御などを、現場に出かけて命懸けで手掛けていた。ソフトウェアをやる人でゲーム好きなら、ゲームプログラマーをぜひやって欲しいという優しい先輩。
・石井浩一
企画
高校の時、ソフトコンテストで優勝したり2位になったりするのを「仕事」にしていた強者。大学ノート2枚ぐらいにアイデアをまとめ、パッと送って50万なり。大学時代は水商売に浸り、やがていくつかのソフトハウスを経た後、銀座の大理石のビルに魅せられてスクウェア入社。FFのサイドビューバトルの生みの親として知られる。
PICKUP:
・ハワイ8泊10日の社員旅行。これまでの実績はハワイ、グァム、ハワイ、ハワイ。
・石井は最初のハワイ旅行、社員じゃなかったので行けなかった。FFのバトルシーンはその時考えた。
・警備員を3回ほど呼んでしまい、同じホテルには来年泊まれないかも。
・開発が終わると1ヶ月くらい休み。
・ロマサガが終わったのが11月末で、夏休みの1ヶ月とあわせて2ヶ月休んだ。
・吉枝悟(プログラム 入社2年):入って初めてで、いきなり聖剣伝説のメインプログラム。
・松井聡彦(企画 入社2年):ゲームを作りたかったがプログラマーとして応募できるスキルがなく、企画として入った。
・上田晃(グラフィック 入社1年):面接の時に「音楽が趣味」といったら効果音をやることに。FF4の戦闘の魔法の音とか1/3くらいを担当。一番凝ったのは、最後のボスの魔法の音。
作品:
形式:求人広告
人物:
・高橋哲哉
グラフィック
入社して、約1年半。他のソフトハウスで、グラフィックの仕事をしていて、ログインに載った募集広告でスクウェア入社。最新作は『FFIV』。担当はBGやモンスター、その他視覚効果部分などだが、とにかく残った仕事全部引き受けた人。
・小久保啓三
プログラム
ロマンシング サ・ガのプログラマー。入社1年半。以前は別のソフトハウスで、原子炉の制御や製鉄所のクレーン制御などを、現場に出かけて命懸けで手掛けていた。ソフトウェアをやる人でゲーム好きなら、ゲームプログラマーをぜひやって欲しいという優しい先輩。
・石井浩一
企画
高校の時、ソフトコンテストで優勝したり2位になったりするのを「仕事」にしていた強者。大学ノート2枚ぐらいにアイデアをまとめ、パッと送って50万なり。大学時代は水商売に浸り、やがていくつかのソフトハウスを経た後、銀座の大理石のビルに魅せられてスクウェア入社。FFのサイドビューバトルの生みの親として知られる。
PICKUP:
・ハワイ8泊10日の社員旅行。これまでの実績はハワイ、グァム、ハワイ、ハワイ。
・石井は最初のハワイ旅行、社員じゃなかったので行けなかった。FFのバトルシーンはその時考えた。
・警備員を3回ほど呼んでしまい、同じホテルには来年泊まれないかも。
・開発が終わると1ヶ月くらい休み。
・ロマサガが終わったのが11月末で、夏休みの1ヶ月とあわせて2ヶ月休んだ。
・吉枝悟(プログラム 入社2年):入って初めてで、いきなり聖剣伝説のメインプログラム。
・松井聡彦(企画 入社2年):ゲームを作りたかったがプログラマーとして応募できるスキルがなく、企画として入った。
・上田晃(グラフィック 入社1年):面接の時に「音楽が趣味」といったら効果音をやることに。FF4の戦闘の魔法の音とか1/3くらいを担当。一番凝ったのは、最後のボスの魔法の音。
1992年4月17日金曜日
ログイン 1992年4月17日号
ページ:
作品:
形式:求人広告
人物:
・成田賢
開発部マネージャー
FF.IVのメインプログラマー。大学時代、学校から近いこともあってスクウェアでアルバイトし、そのまま入社。以前は、コンピュータが趣味だったが、趣味が本業となったいまではラジコンのヘリコプターに転じてしまったとか。『ハイウェイスター』も担当した。
・渋谷員子
開発部
FFシリーズ、ロマ・サガで自キャラ担当。学校にきていたスクウェアの掲示で、応募して入社。ロマ・サガが終わったあとも、目下秘密の(!)仕事に邁進中。FF.I〜IVまで担当しながら、ゲームを最後まで終わらせたのは、ロマ・サガが初めてという。
・時田貴司
開発部マネージャー
芝居がやりたくて上京。バイトをしていた頃に、別な会社で、ゲームのグラフィックの仕事を経験。そこがあまりの仕事環境だったんで(笑い)脱出して、フロムAで『キングスナイトCMおんスクウェア』という広告を見て入社。小劇場で芝居をする多芸な人物。
PICKUP:
・MACと仕事用、1人最低2台は機材が割り当てられている。
・MACのLANを利用して、趣味・雑談の書き込みに盛り上がっている
・個人ブースは性格が現れる。仕事に集中できる。
・1日1回顔を出せば8時間働いたことになる裁量労働制。1人1人責任もって仕事をする。
・1タイトル終わると1ヶ月くらい休む。FF4の時はちょうど8月だった。
・白魔道士と呼ばれるマッサージの上手いプログラマーがいる。
・代島学(グラフィック 入社1年):デザイン学校で広告を専攻。グラフィックが企画のほうに口を出せるのとか、他のメーカーの友達に羨ましがられている。
・樋口勝久(プログラム 入社6年):最初に担当したのはFF2の戦闘プログラム。2年連続で”バグ大賞”を受賞
・田中晋一(プログラム 入社2年目):去年の4月入社。研修は一応あるが、実際のプログラムは全然教えてくれない。そこがいい。
作品:
形式:求人広告
人物:
・成田賢
開発部マネージャー
FF.IVのメインプログラマー。大学時代、学校から近いこともあってスクウェアでアルバイトし、そのまま入社。以前は、コンピュータが趣味だったが、趣味が本業となったいまではラジコンのヘリコプターに転じてしまったとか。『ハイウェイスター』も担当した。
・渋谷員子
開発部
FFシリーズ、ロマ・サガで自キャラ担当。学校にきていたスクウェアの掲示で、応募して入社。ロマ・サガが終わったあとも、目下秘密の(!)仕事に邁進中。FF.I〜IVまで担当しながら、ゲームを最後まで終わらせたのは、ロマ・サガが初めてという。
・時田貴司
開発部マネージャー
芝居がやりたくて上京。バイトをしていた頃に、別な会社で、ゲームのグラフィックの仕事を経験。そこがあまりの仕事環境だったんで(笑い)脱出して、フロムAで『キングスナイトCMおんスクウェア』という広告を見て入社。小劇場で芝居をする多芸な人物。
PICKUP:
・MACと仕事用、1人最低2台は機材が割り当てられている。
・MACのLANを利用して、趣味・雑談の書き込みに盛り上がっている
・個人ブースは性格が現れる。仕事に集中できる。
・1日1回顔を出せば8時間働いたことになる裁量労働制。1人1人責任もって仕事をする。
・1タイトル終わると1ヶ月くらい休む。FF4の時はちょうど8月だった。
・白魔道士と呼ばれるマッサージの上手いプログラマーがいる。
・代島学(グラフィック 入社1年):デザイン学校で広告を専攻。グラフィックが企画のほうに口を出せるのとか、他のメーカーの友達に羨ましがられている。
・樋口勝久(プログラム 入社6年):最初に担当したのはFF2の戦闘プログラム。2年連続で”バグ大賞”を受賞
・田中晋一(プログラム 入社2年目):去年の4月入社。研修は一応あるが、実際のプログラムは全然教えてくれない。そこがいい。
1991年12月1日日曜日
1991年11月1日金曜日
ファイナルファンタジーIV、北米版発売
Final Fantasy II
発売元:Square Soft
機種:SNES
発売日: 1991.11.01
https://web.archive.org/web/20090311040234/http://www.nintendo.com/consumer/gameslist/manuals/snes_games.pdf
https://web.archive.org/web/20090311040234/http://www.nintendo.com/consumer/gameslist/manuals/snes_games.pdf
ファミコン通信 1991年11月15,22日
ぺージ:105
作品:ファイナルファンタジー4
形式:インタビュー
人物:
・坂口博信
『FF』シリーズのディレクター
PICKUP:
・(ボツネタ)デブチョコボがノッシノッシと歩いてきて座るアニメーション
・最初のシナリオではギルバートが死んでた。
・シリーズで一番好きなキャラクターは、黒魔道士。個々のキャラでしいてあげるなら、エッジやデッシュのようなちゃらんぽらんなやつ。
・開発のセリフはすべて本人に書いてもらった。
・FF5はまだ全然。5はでないウワサもあるがデマ。
・アニメ化の予定は無し。アニメにするとイメージが固まってしまうので、もっと自分のイメージを大切にしてほしいので。
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