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2002年2月20日水曜日

パンフ『20020220』

セットリスト
人物紹介
対談 植松伸夫×山下章
・FF1〜10作曲秘話
・中山美穂のトキメキハイスクールにはお手伝いとして途中から参加

1999年3月11日木曜日

ファイナルファンタジーコレクション

機種:プレイステーション
発売日:1999.03.11
希望小売価格:6,800円+税


https://www.jp.square-enix.com/game/detail/ff_collection/

ファイナルファンタジーコレクション アニバーサリーパッケージ

機種:プレイステーション
発売日:1999.03.11
希望小売価格:8,800円+税



天野喜孝氏描き下ろしのイラストが 彩られたオリジナルクロックが付き、特製化粧箱にセットアップ。5万本限定。

https://www.jp.square-enix.com/game/detail/ff_collection/

1998年10月30日金曜日

季刊ゲークラ 1998Auterm

特集 2003年のスクウェア
p14-18
坂口博信 株式会社スクウェア代表取締役副社長
・「ウィル」では圧縮専門のプログラマーが1人いて、瞬間描画がウリになっていた。そのルーチンを改良してアニメーションにしたのが「ブラスティー」
・マンションの一室にこもって、サークル活動をしているようなノリで次々とゲームを作っていた。
・当時、BPS・ファルコム・ゲームアーツは社長同士の仲が良く、ファミコン版「テグザー」はスクウェアでやることに。
・思ったようなゲームが作れず不満が溜まっていてFFを作ったらゲーム業界を辞めようと思っていて、「ファイナルファンタジー」というタイトルにした。
・FF1はプログラマー3人、企画4人、絵描き4〜5人+お手伝い。だいたいメイン12〜13人で作った。
・FF2、戦闘システムは河津の発案。マスターを入れるというのにいつまでもモンスターのデータをいじっているのでケンカになったことも。
・FF3の戦闘シーンは坂口と青木が担当。青木がヘビースモーカーで、タバコのヤニでハードディスクがクラッシュしたことも。
・FF3では簡易言語でキャラクターの動きを制御するシステムを作った。
・3まではイベントをつなげてストーリーを作ったが、色数が増えたりプログラムの容量が増したFF4ではキャラクターからゲームを作ってみた
・FF5のイベントは坂口と北瀬で担当。このころ社内にネットワークを引いて、情報共有化
・FF6ではスプライトのプログラムを大幅に作り直し、グラフィックを進化させた
・95年に一年かけて、シリコンフラフィックスのマシンで戦闘シーンだけを作った
・FF7で坂口は最初のほうはゲームのアウトラインや戦闘システムを考えたりしたが、開発しやすい環境作りを担当し、最終的には北瀬にディレクションをまかせて、ほとんど手はうごかしていない。

p26−29
武市智行 株式会社スクウェア代表取締役社長
・スクウェアの人事評価は「公正・公平・公開性」
・クリエイティブな働き方について労働省に相談しにいったら裁量労働制を教えてもらい採用
・インセンティブボーナスは、元々の発想はプロ野球の年俸制。販売本数や収益にインセンティブを連動させたかった
・5年後のスクウェア。世界のインタラクティブコンテンツにおいて98年3月期で9%のシェアだったのを、世界メジャーを目指して15%まであげたい。
・もう1つの目標は、CGにおいて世界で競争力のある映像を作ることのできるメーカーになること

p32-35
鈴木尚 株式会社デジキューブ代表取締役社長
・開発者が必死に作ったゲームを1本でも多く売りたいという思いがあったが、任天堂マーケットではいろんな問屋制度や習慣があって思うように進めめることができなかった。
・そこでハードをプレイステーションに移すことと、子会社で新しい流通を切り開くことを選択した。
・プレイステーションでゲーム作りたいと言い出したのは坂口。最初にFF7のオープニングムービーを見たときは、こいつが味方でよかったと思った。
・「牌神」や「パワーステークス」はデジキューブが企画・製作。デジキューブはソフトメーカになってはいけないという鈴木の信条で、発売がスクウェアで、デジキューブに卸すという段取りを経ている。
・販売している音楽CDは今は20タイトルくらいだが、5年後には数万タイトルから選べるような販売をしているはず。
・ゲームの最大のライバルは携帯電話。携帯電話に勝てる端末を作りたい。

p36
ゲームユーザ100人アンケート
FF7クリアした?
・クリアした・・・63人 ・クリアしてない・・・10人 プレイしていない・・・27人
好きなスクウェアのゲームは?
FFシリーズ・・・63% サガシリーズ・・・12% ゼノギアス・・・7% 特になし・・・6% 聖剣伝説・・・5%

p46-48
坂口博信
・1月のうち3週間ハワイ1週間日本という生活。ハワイでは手を動かし、日本では口を動かす。
・今から5年10年経てばフルCG映画と同じデータをゲーム画面上で自在に動かせる状況になるので、今のうちにCG能力値をあげておきたい。その一環としてフルCG映画を作っている。
・未来のスクウェア。ジャンルや方向性は決め込まないで、面白くて新しいゲームがどんどん出る”おもちゃのカンヅメ”のようなソフトメーカーになっていけたらいいと思っている

p56-58
植松伸夫 田中公平 対談
・会うのは初めて。昔、『宇宙英雄物語』の仕事をお願いしたが、FF6が忙しくて断られた。
・スクウェアではストーリーの設定があって曲を書くことも、曲があってストーリーに活かしてもらうことも両方ある。家内制手工業の強み。




1998年4月1日水曜日

じゅげむ 1998.5

P13
坂口博信
インタビュー

 ・入った頃のスクウェアは社員が6人
・自分の中で思い出に残っているのはFF3と5
・「ゲームと映画の融合」を打ち上げたが、最初は明確な形があったわけでない
・将来的にはゲームの進化系。今あるゲームのそれぞれのジャンルの次の姿を提示したい

1998年3月19日木曜日

1998年3月1日日曜日

ゲームウォーカー 1998.4

FF5 PS版
p39
坂口博信
インタビュー
・4を作った時点で5の移植は決めていた
・PSは2Dのドット絵を処理するのが苦手だが、プログラマーが頑張ってくれたので完全移植が実現
 ・個人的には5が一番好き。シミュレーションゲームが好きなので5の戦闘にはそういう要素を入れた

1998年1月30日金曜日

ファミ通 1998.2.13

FF5 PS版
p114-115
宣伝部井上氏
インタビュー他
・PSユーザから遊んでみたいとのリクエストで発売を決定
・FFのターニングポイントになった作品
・作り出した市場スケールは社内外に有形無形の変化をもたらした
・販売本数(FF1→FF7)
機種タイトル本数
FCFF152万
FCFF276万
FCFF3140万
SFCFF4144万
SFCFF5245万
SFCFF6255万
PSFF7325万

1996年1月31日水曜日

ウィンドウズ95向けのソフト移植を発表

・1996年のクリスマス商戦までに、北米で「ウィンドウズ95」に対応したパソコン向けソフトを販売
・米国に子会社を設立し、SFC向けソフトの移植。著名ライターを起用するなど、商品性を高める。
・マイクロソフトの流通網を利用することを同社に申し入れ

掲載
・日本経済新聞 1996年1月31日朝刊
 「聖剣伝説」などヒット商品、「95」対応ソフト、北米で――スクウェア。
・SQUARE LA アンオフィシャルサイトQ&A

1993年6月18日金曜日

MSX・FAN 1993年6月号

ゲームの職人 スクウェア編
p12-15

・北瀬佳範 企画担当
FFVでイベントやセリフを担当した北瀬さんは、なんと元Mファンの読者だとか。以前はゲームと無関係の会社にいたそうだが、そのときにMSXを購入。ファンダムプログラムなどを打ちこんで遊んでいるうちに、ゲーム業界に興味を持ち、ゲーム雑誌(ファミマガ)の募集広告をみて応募したのが入社のキッカケ。
・成田賢 プログラム担当
FFVでは戦闘シーン以外のプログラム全般を担当。陽気な人で、こちらの質問に屈託(くったく)なく答えてくれた。ベテランのひとりでもあり、スクウェアとは大学生のころにアルバイトで働いたときからのつきあいだという。中学生の頃にプログラムに目覚め、MZ80Bという初期のパソコンでいろいろ勉強していたそうだ。
・高橋哲哉 背景グラフィック担当
ものしずかで落ち着いた雰囲気の高橋さん。背景のグラフィックのほかに、タイトル画面も彼の手によるもの。グラフィック歴は長く、以前ほかのソフトハウスでグラフィックを手掛けていたそうだ。むかしから絵に関心があり、いろいろな表現技法を模索(もさく)しているうちにCGに関心を持つようになったとか。
・野村哲也 モンスターグラフィック担当
高橋さんと同様、グラフィックを担当している野村さん。こちらは戦闘シーンに登場するモンスターを担当。広告の専門学校でデザインを勉強したそうだが、広告業界にいては自分の好きなデザインもできないと考え、スクウェアに入社。今回集まっていただいた4人のなかでは年もキャリアもいちばん若い


ファイナルファンタジーV
19919月:企画面からプロジェクト開始。グラフィックや音楽担当も集まり、シナリオや仕様を決める。
199112月:細かい仕様が決まり、プログラム作業開始。戦闘システムとそれ以外担当の2班。
19927月:プログラム完成。
・デバッグは約2ヶ月。

1993年6月6日日曜日

ファイナルファンタジーカードコレクションズ交換会

開催日:1993年6月6日
開催地:池袋サンシャインシティ文化会館

掲載
THEスーパーファミコン 1993年7月9日号

1993年4月9日金曜日

ファミコン通信 1993.4.23(4.9)

p82-91
特集記事:RPGの秘密
・FF5:開発村があったがボツに
・半熟英雄SFC:接触した敵将軍を仲間にできるアイテムとキャンプした地点に砦を築くアイテムがボツに
・ディスク版聖剣伝説は、当時のディスクでは表現しきれないという理由で中止となった。

1993年2月4日木曜日

HIPPON SUPER 1993.3(2.4)

p74-77
FF5
坂口博信
大森望
対談

・今回はキャラクター入れ替えを極力しない方向で作った
・3のときみたいなパラメーター型というのが初期コンセプト
・ジョブマスターの星は始めは無かった
・ゲームのストーリーは映画や小説よりもまだまだ弱い

1993年1月14日木曜日

ファミコン通信1993.1.29

p132-134
FF5
坂口博信
伊藤裕之
成田賢
インタビュー
・どのジョブを使ってもクリアーできるように調整した。
 ・アビリティの種類が多いから、作ってる本人もプレー中に驚くような組み合わせを発見しちゃう
 ・ボツジョブ1、潜水夫。海の中で戦うと強い設定
・ボツジョブ2、獣人。アビリティ"ほのおをはく" 。後にバーサーカーになった

1992年12月18日金曜日

商標出願 1992/12/18

出願日登録番号商標区分
1992/12/18登録3179639BOCO09
1992/12/18登録3207497BOCO28
1992/12/18登録3207495CHIBICHOCOBO28
1992/12/18登録3207496DEBUCHOCOBO28