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1999年3月11日木曜日

ファイナルファンタジーコレクション アニバーサリーパッケージ

機種:プレイステーション
発売日:1999.03.11
希望小売価格:8,800円+税



天野喜孝氏描き下ろしのイラストが 彩られたオリジナルクロックが付き、特製化粧箱にセットアップ。5万本限定。

https://www.jp.square-enix.com/game/detail/ff_collection/

1998年10月30日金曜日

季刊ゲークラ 1998Auterm

特集 2003年のスクウェア
p14-18
坂口博信 株式会社スクウェア代表取締役副社長
・「ウィル」では圧縮専門のプログラマーが1人いて、瞬間描画がウリになっていた。そのルーチンを改良してアニメーションにしたのが「ブラスティー」
・マンションの一室にこもって、サークル活動をしているようなノリで次々とゲームを作っていた。
・当時、BPS・ファルコム・ゲームアーツは社長同士の仲が良く、ファミコン版「テグザー」はスクウェアでやることに。
・思ったようなゲームが作れず不満が溜まっていてFFを作ったらゲーム業界を辞めようと思っていて、「ファイナルファンタジー」というタイトルにした。
・FF1はプログラマー3人、企画4人、絵描き4〜5人+お手伝い。だいたいメイン12〜13人で作った。
・FF2、戦闘システムは河津の発案。マスターを入れるというのにいつまでもモンスターのデータをいじっているのでケンカになったことも。
・FF3の戦闘シーンは坂口と青木が担当。青木がヘビースモーカーで、タバコのヤニでハードディスクがクラッシュしたことも。
・FF3では簡易言語でキャラクターの動きを制御するシステムを作った。
・3まではイベントをつなげてストーリーを作ったが、色数が増えたりプログラムの容量が増したFF4ではキャラクターからゲームを作ってみた
・FF5のイベントは坂口と北瀬で担当。このころ社内にネットワークを引いて、情報共有化
・FF6ではスプライトのプログラムを大幅に作り直し、グラフィックを進化させた
・95年に一年かけて、シリコンフラフィックスのマシンで戦闘シーンだけを作った
・FF7で坂口は最初のほうはゲームのアウトラインや戦闘システムを考えたりしたが、開発しやすい環境作りを担当し、最終的には北瀬にディレクションをまかせて、ほとんど手はうごかしていない。

p26−29
武市智行 株式会社スクウェア代表取締役社長
・スクウェアの人事評価は「公正・公平・公開性」
・クリエイティブな働き方について労働省に相談しにいったら裁量労働制を教えてもらい採用
・インセンティブボーナスは、元々の発想はプロ野球の年俸制。販売本数や収益にインセンティブを連動させたかった
・5年後のスクウェア。世界のインタラクティブコンテンツにおいて98年3月期で9%のシェアだったのを、世界メジャーを目指して15%まであげたい。
・もう1つの目標は、CGにおいて世界で競争力のある映像を作ることのできるメーカーになること

p32-35
鈴木尚 株式会社デジキューブ代表取締役社長
・開発者が必死に作ったゲームを1本でも多く売りたいという思いがあったが、任天堂マーケットではいろんな問屋制度や習慣があって思うように進めめることができなかった。
・そこでハードをプレイステーションに移すことと、子会社で新しい流通を切り開くことを選択した。
・プレイステーションでゲーム作りたいと言い出したのは坂口。最初にFF7のオープニングムービーを見たときは、こいつが味方でよかったと思った。
・「牌神」や「パワーステークス」はデジキューブが企画・製作。デジキューブはソフトメーカになってはいけないという鈴木の信条で、発売がスクウェアで、デジキューブに卸すという段取りを経ている。
・販売している音楽CDは今は20タイトルくらいだが、5年後には数万タイトルから選べるような販売をしているはず。
・ゲームの最大のライバルは携帯電話。携帯電話に勝てる端末を作りたい。

p36
ゲームユーザ100人アンケート
FF7クリアした?
・クリアした・・・63人 ・クリアしてない・・・10人 プレイしていない・・・27人
好きなスクウェアのゲームは?
FFシリーズ・・・63% サガシリーズ・・・12% ゼノギアス・・・7% 特になし・・・6% 聖剣伝説・・・5%

p46-48
坂口博信
・1月のうち3週間ハワイ1週間日本という生活。ハワイでは手を動かし、日本では口を動かす。
・今から5年10年経てばフルCG映画と同じデータをゲーム画面上で自在に動かせる状況になるので、今のうちにCG能力値をあげておきたい。その一環としてフルCG映画を作っている。
・未来のスクウェア。ジャンルや方向性は決め込まないで、面白くて新しいゲームがどんどん出る”おもちゃのカンヅメ”のようなソフトメーカーになっていけたらいいと思っている

p56-58
植松伸夫 田中公平 対談
・会うのは初めて。昔、『宇宙英雄物語』の仕事をお願いしたが、FF6が忙しくて断られた。
・スクウェアではストーリーの設定があって曲を書くことも、曲があってストーリーに活かしてもらうことも両方ある。家内制手工業の強み。




1996年1月31日水曜日

ウィンドウズ95向けのソフト移植を発表

・1996年のクリスマス商戦までに、北米で「ウィンドウズ95」に対応したパソコン向けソフトを販売
・米国に子会社を設立し、SFC向けソフトの移植。著名ライターを起用するなど、商品性を高める。
・マイクロソフトの流通網を利用することを同社に申し入れ

掲載
・日本経済新聞 1996年1月31日朝刊
 「聖剣伝説」などヒット商品、「95」対応ソフト、北米で――スクウェア。
・SQUARE LA アンオフィシャルサイトQ&A

1996年1月19日金曜日

ファミ通 1996年2月2日 No.372

p65
バハムートラグーン インタビュー

・佐々木等 スクウェア開発第6部 プロジェクトリーダー&グラフィックチーフ
近影は女装写真

・700種類近くの絵柄を用意したが容量が足りなかった
・FF6のオルトロスとテュポーンも佐々木が描いた



1995年6月17日土曜日

電撃スーパーファミコン 1995.7.1(6.17)

FF6
p22-27
特集:「FFVI」50の謎

・モグとモルルは恋仲
・ゴゴはゾーンイーターの物まねをし吸い込みくらべをして負けたので洞窟にいた
・ショックは剣に気を込めて攻撃力を高めるモンク系の技
・エクスニヒロはマディンの開発途中での名前
・魔導戦士の成功例はセリスとケフカの2人だけ
・ファルコン号のひっぺがしオヤジは、セッツァーがコーリンゲンの酒場で知り合ったオヤジをムリヤリ乗り込ませた
・当初は「あばれる」でトンベリーズも使用可能だったが容量不足で削られた

1994年6月1日水曜日

電撃王 1994年7月号

ページ:64−67
作品:ファイナルファンタジー6
形式:インタビュー

人物:
・平田裕介
平田裕介宣伝部長
34歳 A型 みずがめ座
身長 169cm
ゲーム歴15年。「おタクでした」本人弁。現在SFC×2、WM、GB、DIO、GG、MSX2、MAC・LC520を所有。SLG好き。


PICKUP:
・インターセプターの「ワイルドファング」の仮名称は「かみかみだワン」
・もともとのシナリオだと、ティナが死ぬ予定だった
・マッシュやエドガー、セッツァーの過去の話も用意されていたが容量不足でカットされた
・もっとゲーム性のあるトロッコや、サマサの村を育てるイベントも用意されていたがカット

1994年5月20日金曜日

週刊ポスト 1994年05月20日

p216-219 緊急ビジネス対論 1か月で250億円を売った! 超ヒット「ファイナルファンタジー現象」の法則 水野哲夫、大前研一

・FFVIは、35名のスタッフが1年4か月で開発。平均年齢は25歳
・採用、給料や待遇について

1994年5月13日金曜日

ファミコン通信 1994.5.27

p138-139
FF6
 『FFVI』特別対談 FF新聞班VSスクウェア広報

 ・物語後半にエドガーが主人公となるイベントが複数用意されていたが容量の都合でカット
・ガウの父親イベントも当初はもっと複雑だった。
 ・当初のシナリオではティナは最後に死ぬことになっていた

1994年4月15日金曜日

覇王 1994.4.29

p40-41
FF6
天野喜孝
インタビュー
・FF6の作業は去年の5月あたりから
・ゲームの制作にはほとんど口を挟まない
・ゲームに出てくるキャラと統一感を持たせようと三頭身のキャラも描いた
・スクウェアからはドラゴンのようなとか、魔導士のようなとか、と発注される 

p?
スクウェア全般
坂口博信
インタビュー:渡辺浩弐のゲーム業界のキーマンに聞く(6)
・今やっとFF6のマスターROMが仕上がったところ(インタビューは2/16)
・完成の最後はスタッフ全員がモニター前に集まって最終ボスを倒すことになっている
・スクウェアは最初はパソコンの時間貸しをしていた会社。パソコン好きの若者が集まる様子を見てオーナーがソフト開発を呼びかけた
・パーティーで社長と意気投合して、ナーシャ入社
・FF1についてRPGを作るというのは会社側からの発案。バックアップシステムと2メガのROMが出たことがきっかけ。会社の総力をあげてファミコンRPGを作ることになった
・今は社内NWが整備されていて、大阪やアメリカの開発部とも結ばれている

1994年4月2日土曜日

1994年3月25日金曜日

覇王 1994.4.2-15

FF6
p?
太田顕喜
長谷部裕介
前川嘉彦
中村栄治
稲沢友恵
田中香
佐々木洋勝

インタビュー
・田中はグラフィックだけでなく、マップ作成とエドガーマッシュのセリフも担当
・中村は入社前はフリーター
・魔法は3Dのツールで形状と模様を作って、ファミコンの絵のツールに持ってくることで、色味や立体感を強調した
・坂口がティナの曲で「バグが出た〜またで〜た〜」と歌っていた

ファミコン通信 1994.4.8

p105-107
坂口博信 加賀昭三 対談
・2人は初対面
・開発が終わればFE新作を遊べることを心の支えにFF6を作っていた
・加賀がハマったのはFF3
・FFとFEで名前が同じキャラクターが何人かいるが偶然
・ファミコンのFEが出た時、スクウェア内で研究会が開かれた

1994年3月18日金曜日

電撃スーパーファミコン 1994年4月8日号

p130-135
FF6スタッフインタビュー

・吉井清史氏<バトルプログラム>
おもに戦闘のプログラムを担当。開発が始まったころ『オウガバトル』にちょっぴりハマり、仕事にも参考になったとか。「戦闘中にイベントが発生します。これがなかなかよくできてます。やってみてのお楽しみですけど」
・伊藤裕之氏<バトル企画>
ストーリーやシステムを考えるセクションで、おもに戦闘を担当。モンスターの攻撃がイヤラシイのは、この伊藤さんのせい。「とにかく最後のたたかいがすごいです。これをみるためだけでも、プレイする価値はありますよ」
・成田賢氏<フィールドプログラム>
フィールド上の移動とそれにともなって発生するイベントのプログラムを担当。メカはなんでも好き。「プログラムの強化でいろんなキャラが動くようになりました。飛空艇も酔ってしまうくらい気持ちいいですよ」
・渋谷員子氏<キャラクターオブジェ>
天野先生の原画を元にキャラクターのポーズを描きあげる絵かきさん。ストレス解消法は買い物とか。「メッセージ中でもキャラクターはチョコマカ動いてます。Aボタンを連射しないで、ちゃんと見てくださいね」
・高橋哲哉氏<グラフィック>
おもに背景など、バックグラウンドを担当。「これまでの「FF」とは、かなり毛色の違う世界です。グラフィックや音楽もそれにあわせて、しかもグンとパワーアップしてます。楽しんでください」

・最初の企画は1ヶ月ぐらいかけて、チーム全体で出し合う。今回の世界観はグラフィック担当の描いたイラストから始まった。
・前作の休み明け、4月〜6月ぐらいは呆けて仕事にならず(成田)
・クリスタルは名前を変えて登場
・魔導アーマー自体のアイディアはディレクターの坂口。
・魔導アーマーの形状は、当時某ロボットSLGに凝ってるスタッフによる。
・「投げる」に、ゴルフゲームみたいなパワーゲージを作ったが削られた。
・レビテト用のポーズをつくったがボツ。
・飛空艇は新人が担当。
・3作ぐらいつくって、やっとそのハードのことがわかる
・FFは年に1本。完成させると1ヶ月休みがもらえるので、1年に1回くらいがちょうどいい。
・休み明けから『FFVII』の予定。

ログイン 1994年4月1日号

ページ:
作品:FF6
形式:求人広告
人物:
・高橋哲哉
スクウェア開発第1部グラフィック・チーフ
小さい頃からゲームセンターで遊び、将来はまんが家かゲームのグラフィックデザイナーと決めていた。今もアーケードゲームには、人一倍の思い入れがあるという。

PICKUP:
・ポリゴンはすでに研究している。
・高橋の考えるライバルは、ジョージルーカスフィルム。
・高橋自身が動くより若手の人間がやったほうがいい場合もたくさんあるので、いいものは年下でも新人でも必ず認めるようにしている。

ファミリーコンピュータマガジン 1994.6号(3.18)

FF6
p161-164
坂口博信
植松伸夫
北瀬佳範
高橋哲哉
皆葉英夫
野村哲也
小方悟史
インタビュー
・最初からクリスタルを出さない、世界観を変えると決めていた
・グラフィック全体の5%ほどで今まで使ったことのない手法を幾つかか取り入れている
 ・飛空艇のプログラム担当は小方
・グラフィックに苦労したモンスターはラスボス。前作に登場したモンスターも違った感じで描こうと苦労した

1994年3月1日火曜日

ゲームオン 1994.4付録

FF6
p31-35
高橋哲哉
赤尾実
渋谷員子
佐々木等
佐々木洋勝
インタビュー
・産業革命の頃の雰囲気でやりたいっていう人がいて、機械文明プラス魔導という世界観に
・一人一人思っていることを集めてから具体的に作っていった
・今回は主人公を誰って決めていない

1994年2月18日金曜日

ログイン 1994年3月4日号

ページ:
作品:FF6
形式:求人広告
人物:
・高橋哲哉
スクウェア開発第1部、グラフィック・チーフ。
「最近入ってくる新人の方は、レベルの高いものを見て入ってくるので優秀ですね。ぼくなんか88やX1turboでしたから」
小さい頃からゲーム一筋。

PICKUP:
・6のグラフィック、ディズニーっぽい、もう少しポップというかカラフルにしようかという話もあった。
・5のときに影とか光とかの関係がはっきり出し切れてない部分があった。実際の人間の目って、光の明るい部分にあわされ、暗い部分がかなり暗い落ちる。その辺がまだできていなかったので、もう少しきちんと見ようかというのが、最初のテーマといえばテーマ。
・設定画やスケッチをスキャナで取り込み、加工して使うのを、何カ所か使って見た。
・オープニングはハンドメイド
・スーパーファミコンのスプライト機能において上限というのがかなり決まっている部分があるので、スプライトを使わずにウィンドウ機能や半透明機能を使ってみたりした。そういったものはプログラマの力量が問われる。

1994年2月11日金曜日

ファイナルファンタジーフェスタ'94

開催日:1994年2月11日〜13日
開催地:(東京)晴海 HARUMIドーム21

開催日:1994年2月19日〜20日
開催地:(大阪)マイドームおおさか