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2002年10月18日金曜日

ファミ通 2002.11.01号

p?
FFTA、FFT
松野泰己
インタビュー

・FFTは5月マスターアップ
・マスターアップの1週間くらい前までバトルもイベントも作り込んでいた
・次はスポーツゲームみたいな感じでやりたいって話になった。
・RPGのいい意味で大味感を活かしつつ、ちょっとした制限を加えたのがロウシステム
・今回は自由度にこだわった作り

2002年9月13日金曜日

ドリマガ 2002年9月27日号

ページ:42--47
作品:ファイナルファンタジータクティクス、ファイナルファンタジータクティクスアドバンス
形式:インタビュー
人物:
・松野泰己
(株)スクウェア 第4開発事業部プロデューサー
1965年生まれ。36歳、A型。19959月にスクウェアに入社。
1997年にPSで「ファイナルファンタジータクティクス」を制作。
2000年にPSで「ベイグラントストーリー」をリリースする。その後、開発プロデューサー的な立場でゼロの段階からPlayOnlineの立ち上げに参加。現在はスクウェア第4開発事業部の事業部長として、GBAのスクウェア最新作「ファイナルファンタジータクティクスアドバンス」を20名規模の体制で作る一方、水面下で「ナンバリングFF」こと「FFXII」を100名近くの体制で作っているという。次世代のスクウェアを担う注目の2作品を抱えるクリエイター・松野泰己にドリマガ急接近する!

PICKUP
・1989年2月に、クエストに入社。7年ほど在籍。
・それまでは学生のときの延長でライターのような仕事をしていた。
・ファミコンに触ったのは東京の大学に出てきてから。自分自身で買うきっかけは「ゼルダの伝説」。
・「伝説のオウガバトル」開発当時、会社の経営が厳しくなり自分の手でリストラをしないとならないことがあり、そのことが嫌で会社には「オウガバトル」が完成したら辞めると言っていた。
・任天堂のチェック完了まで時間があったため、もう1本作って辞めることに。
・結局、1995年7月の終わりに「タクティクスオウガ」がマスターアップして、翌週に辞表を提出。
・スクウェアにいる友人に誘われて、1995年9月にスクウェア入社。
・その年末にはPSでの開発がスタート。皆葉が1996年春くらいに参加し、それから1年ぐらいで「ファイナルファンタジータクティクス」を作った。
・前作「ファイナルファンタジータクティクス」の反省として、「オウガ」シリーズで最初に目指していた初心者にも手軽なシミュレーションRPG”というものが、うまく形にできなかった。
GBAというハードで、中学生のみなさんにも買って遊んで欲しいと思って、キャラクターも少年漫画タッチに。
・「FF」というシリーズは、常にゲームの先駆者であるべき商品だと思っている。
・自分1人では倒せない敵には、友達とつないでもらって共同戦線を張って強敵を倒すっていう機能も予定。
・常に新しいモノに挑戦していく、同じモノは絶対に作りたくない。


ページ:44--45
作品:ファイナルファンタジータクティクスアドバンス
形式:インタビュー
人物:
・皆葉英夫
(株)スクウェア 第4開発事業部デザイナー
FFIX」でアートディレクターとしてアート全体の総責任者をつとめた皆葉氏は、高校時代にアルバイトとしてパソコンメーカーでRPGなどを作り、フリーランスで活躍。その後まだスクウェアの全開発が100人程度の規模の頃に、「FFV」の背景まわりのスタッフとして参加した。「FFVI」「マリオRPG」に参加後、「FFタクティクス」を松野氏と作り、ハワイのチームに合流。「FFIX」を経て本作を作ることに。
・伊藤龍馬
(株)スクウェア第4開発事業部デザイナー
本作のキャラクターデザインを担当するのがこの伊藤氏。スクウェアへの入社は「FFIX」の頃、「FFX」を経て、本作に参加。このページで紹介している主人公キャラクターはもちろん、次のページのジョブや種族などについても、すべてのキャラクターデザインをこなしている。血生臭さの一切ない、さわやか少年少女達の醸し出す新たな世界観。前作とは違う伊藤氏によるキャラクターデザインを採用したことで、本作のイメージは大きく変わったと言える。

PICKUP
・ミュートは最初おかっぱみたいな感じで描いていたが、皆葉からロック調のキャラの提案があり、現在の形に。

2000年4月13日木曜日

ベイグラントストーリー アルティマニア

クリエイターインタビュー
p4〜9
 『ベイグラントストーリー』ディレクター松野泰己
p41
 グラフィックスタッフ-1
p139
 サウンドスタッフ 
p213
 プログラマー
p457
 プランニングスタッフ 
p487
 グラフィックスタッフ-2

2000年2月8日火曜日

電撃王 2000年3月号

p66〜72
岡本吉起の気になるアソコ
VOL.24 松野泰己

松野泰己
1965年新潟県生まれの34歳。現在株式会社スクウェア業務執行役員・第4プロダクションプロデューサー。某大学法学部を中退後、経済誌ライターから株式会社クエストを経て、株式会社スクウェアに入社。代表作は『ファイナルファンタジー タクティクス』『ベイグラントストーリー 』。いずれも濃密な世界観作品で評価が高い。

・B級ホラー好きで、クエスト入社時に提出した企画書もホラーゲーム。

・ベイグラントストーリーは1999年秋発売予定だったが、いろいろ遅れた
・ベイグラントが動き出す前にFFT2という選択肢もあったが、坂口から好きなやっていいと言われてスタッフと話し合い、最後は「どうせ叩かれるのはオレだから、オレの自由にさせてくれ」といってスタート
・個人的にゲームにストーリーは必要ないのでは、と思っている
・オウガバトルを作るのにいちばん影響を受けたのは『カルタゴ』。ゲームスタイルとしては「マスターオブモンスターズ」とか「ファイアーエムブレム」の良いところ、不満点を改善したものを凝縮させた感じ
・もともと「タクティクスオウガ」終了後に会社を辞めるつもりでいたところ、三原一郎からスクウェアで『FF』のSLGを考えているからサポートしてほしい、と誘われてスクウェアに入社
・入社した直後にアリカが設立され三原は退社。後はあれよあれよいう感じで、やるならFFT作ろうかということになった
・当時の話題が湾曲したまま、根も葉もないことを言われている
・最近はウルティマオンラインにハマってる
・隣のチームがPS2タイトルを開発中
・とりあえずはベイグラントの北米版と欧州版を制作。その後のことはまだ何も決めてない

1997年6月20日金曜日

ファイナルファンタジータクティクス

機種:プレイステーション
発売日:1997.06.20
希望小売価格:6,800円+税


https://www.jp.square-enix.com/game/detail/fft/

SQUARE'S PREVIEW 2

ファイナルファンタジータクティクスに付属。

体験版
・サガフロンティア

PV
・アインハンダー
・フロントミッション 2
・フロントミッション オルタナティヴ

1997年6月19日木曜日

E3 1997

開催日:1997年6月19日〜21日
開催場所:Georgia World Congress Center/Georgia Dome

出展
・Final Fantasy VII
・Final Fantasy Tactics

https://www.giantbomb.com/e3-1997/3015-3419/

1997年6月13日金曜日

ファイナルファンタジータクティクス ガイドブック

p7 Opening Movie裏話

・名前入力後のCGムービーは、ロシアのCG制作会社で作られた。

1997年4月4日金曜日

東京ゲームショウ 1997春

開催日:1997年4月4日〜6日
開催地:東京ビッグサイト

出展
・ファイナルファンタジータクティクス
・サガフロンティア
・アインハンダー
・フロントミッションオルタナティヴ

1996年8月2日金曜日

SQUARE'S PREVIEW

トバルNo.1に付属。

体験版
・ファイナルファンタジーVII

PV
・サガフロンティア
・ファイナルファンタジー タクティクス
・ブシドーブレード

1996年7月26日金曜日

ファミ通 1996.8.9号

P122-125
ファイナルファンタジータクティクス
坂口博信
松野泰己
伊藤裕之
インタビュー
・FFタクティクスというタイトル自体は4年前から考えていた
・バハラグは当初FFタクティクスというタイトルだった
・松野が会社をやめることになって、知り合いに相談したり考えていたところ、ちょうどスクウェアがスタッフ募集をしていた
・企画段階から秒間60フレームと決まっていた