ページ:46-47
作品:
形式:インタビュー
人物:
・平田裕介
(株)スクウェア 業務執行役員
第5開発事業部担当プロデューサー
大卒時は某玩具メーカーに勤務していたが、1985年にスクウェアに営業職として転職。その頃は、ちょうど「FFI」が発売される前で、スクウェアとしても全社員で50名程度しかいなかった時期だったという。その後、宣伝担当となり「FF」シリーズや「クロノトリガー」「スーパーマリオRPG」などを手がける。1995年、スクウェアのプレイステーション参入を機に、新たに多彩なジャンルをラインナップに採り入れるため、大阪の開発チームを中心に活躍し、大阪に転勤。このたび第5開発事業部の部長となった。大阪を拠点に活躍する、スクウェアのもう1つの姿と、スタッフについていろいろと語ってもらったぞ。
・吉岡加寿彦
1991年にスクウェア入社。「チョコボの不思議なダンジョン」の企画をはじめ各タイトルを歴任。最近はここ一番”タイトル数をこなしている男”でもあり、移植ラッシュが続いた。現在はPS版「FFII」とGBA「チョコボランド」のディレクター。
・浅野裕治
1995年12月にスクウェアに入社。それ以前は関西方面のゲームメーカーでアーケードゲームを作っていたという浅野氏。家が関西で、たまたま大阪で開発できるチャンスがあるという話を聞いて、この大阪のスクウェアに入ったというが、案外そういった関西方面のクリエイターは多いという。シューティングゲーム「アインハンダー(1997年/PS)」を作ったあと、「オールスタープロレスリング」シリーズのメインデザイナーをつとめる。次の新作は秘密?
・藤井龍夫
1995年12月、左の浅野氏と同じ時期に同じ会社からスクウェアに転職。同じくアーケードゲームを作っていたことから、「アインハンダー」の開発に参加し、その後、1999年には「パラサイト・イヴII(PS)」のプログラムリーダーをつとめる。PlayOnlineの立ち上げ時には「テトラマスター」のプログラム部分を大阪で作り上げる。現在は、まったく新しい作品にチャレンジ中とのこと。近い将来の発表に期待しているよう!
PICKUP:
・もともと大阪に開発部があり、事業部制への移行に伴い第5開発事業部となった。
・大阪に開発部ができたのは、1995年12月頃。スクウェアのPS参入発表の直前。
・現在の事業部の規模は70名ぐらい。
・事業部は、「幅広いジャンルの作品作りをしている事業部」
・移植は事業部の主軸だったが、単なる移植ではなく、”プラスアルファ””プラスクオリティ”にこだわって、作り込んでいる。
・第5開発事業部ディレクターの稲福正美のチームは「アーケードゲームの開発やスポーツゲーム、RPGの各経験者などで構成され、主にアクションゲームの開発などを得意とし、基本的にはRPG以外のタイトルを開発するチーム」。稲福は「劇空間プロ野球」「日米間プロ野球」「ワールドファンタジスタ」の企画及びグラフィックス全般のディレクション業務をしてきた。
・リアルスポーツゲームもワンダースワンカラーへの移植作品も「第5」のチームが開発した。
ページ:48
作品:チョコボランド
形式:インタビュー
人物:
・吉岡加寿彦
PICKUP:
・GBA作品の開発の話があがったとき、4人で対戦できるものにしたいのがあって、それのネタとして以前作った「ダイスDEチョコボ」がすごく開発期間が短くやり残したことも多い作品だったので、やってみようとなった。
・モーグリの性格を悪くしたのは、吉岡の仕事。
ページ:49-51
作品:半熟英雄対3D
形式:インタビュー
人物:
・時田貴司
(株)スクウェア 第7開発事業部プロデューサー
1985年のスクウェア創立の翌年、アルバイトとして入社。ファミコンディスク作品に関わった後、「FFI」から参加。「FFII」「FFIV」「FFVII」等に参加しながら、「魔界塔士Sa・Ga」や「半熟英雄」など、スクウェアの代表的な作品に関わる。「クロノトリガー」では、坂口博信・堀井ゆうじ・鳥山明氏らの元で、北瀬佳範氏(現・第1開発事業部部長)とともに現場監督的に制作に参加。PSで「パラサイト・イヴ」「チョコボレーシング」、そしてPS2では「バウンサー」に参加し、このたび第7開発事業部の部長となる。最初はPCなんていじったこともなかったという時田氏のルーツと最新作へのつながりを見てみる。