1986年9月4日木曜日

株式会社スクウェア、設立

商号:株式会社スクウェア
本店:東京都中央区銀座三丁目1113

取締役:宮本雅史,宮本國一,齊藤哲,石井弘史,鈴木尚,坂口博信
代表取締役:宮本雅史,宮本國一
監査役:佐藤修一

設立:198694

登記事項証明書
https://drive.google.com/file/d/1hSdreLg-OgDgdCHWMolGVgTAyhVtsago/view?usp=drivesdk

1986年8月25日月曜日

テクノポリス 1986年9月号

ページ:105-108
作品:アルファ、鳥人間、3156COROCORO、ジェネシス
形式:インタビュー
人物:
・田中弘道
東京都江戸川区生まれ。
昭和37年1月7日生まれ。やぎ座。24歳。
趣味:ひところバイクを乗りまわしていた。野球。

PICKUP:
・入社のイキサツ。4年半くらい前、大学1年の春休みに坂口という友達と『フロムA』で知って応募。
・社長のプランでテレビの鳥人間をゲーム版に着手。つまらなくてお蔵入り。
・平行して『3156COROCORO』をプログラマー2人と開発。アイディアは社長。つまらなくてログインに身売り
・当初、社員は社長のみでバイトが20人くらい。銀座に移ってからは社員5,60人くらいで、一部除いて全員社員になった。
・銀座のビルは20時になるとビルから出ないといけない。
・84年10月、『ジェネシス』の制作開始。もともとは『デス・トラップ』の続編としてスタートした。が出来には不満が残り、毎晩泊まったことしか覚えていないらしい。
・『アルファ』。今年(1986)の1月から制作開始。
・現在は、映画とのタイアップ商品である全機種向けのアクションゲームを開発中。企画締め切り1週間前の状態。
・銀座のビルは10階あるフロアのほとんどを占めている。家賃は看板の1/5の費用だけでも、日吉のビルのときよりも高い。10階にカフェバー風のレセプションルームがある。
・夢は、スクウェアをデッカくしてやろう。と


1986年7月14日月曜日

1986年7月1日火曜日

アルファ

発売月:1986年7月
発売機種:PC-8801シリーズ、FMシリーズ、X1シリーズ

出典:パソコンゲーム80年代記 p77 

1986年6月1日日曜日

キングスナイト

発売月:1986年6月
発売機種:PC-8801シリーズ,X1シリーズ

出典:パソコンゲーム80年代記 p77

1986年4月1日火曜日

ブラスティー

発売月:1986年4月
発売機種:PC-8801シリーズ

出典:パソコンゲーム80年代記 p75

電友社、ソフトウェア部門を東京都中央区銀座に移転

移転月日:1986年4月XX日

>業務拡大のため、ソフトウェア部門を東京都中央区銀座に移転

https://web.archive.org/web/19981205153358/http://www.square.co.jp/chist.html

1986年3月3日月曜日

'85 ベストヒットソフトウェア大賞

ログイン1986年4月号に掲載
順位作品会社
1ハイドライドT&Eソフト
2ブラックオニキスBPS
3テグザーゲーム・アーツ
4ファンタジアンクリスタルソフト
5ザナドゥ日本ファルコム
6ザ・キャッスルアスキー
7ファイヤークリスタルBPS
8野球狂ハドソン
9ウィザードリィアスキー
10信長の野望光栄
11ウイングマンエニックス
12オホーツクに消ゆアスキー
13ちゃっくんぽっぷニデコムキャリー
14ロードランナーシステムソフト
15リザードクリスタルソフト
16ザ・スクリーマーマジカルズゥ
17ドラゴン スレイヤー日本ファルコム
18ウィルスクウェア
19ハイドライドIIT&Eソフト
20フラッピーデービーソフト

1986年2月18日火曜日

テクノポリス 1986年3月号

ページ:89-92
作品:デス・トラップ
形式:インタビュー
人物:
・坂口博信
出身地:茨城県水戸市
生年月日:昭和37年11月25日。射手座。23歳。A型。
出身校:横浜国大工学部電機工学科在学中。
PICKUP:
・坂口は、『from A』を見て、春休みの1ヶ月のバイトのプログラマーとしてスクウェアに入った。
・なんとなく匂いが好きで、最初はパン屋のバイトがしたかった。
・デストラップは、4月にシナリオ考えはじめ、6月にプログラム着手。完成9月。
・体制は、グラフィック3人、プログラマー2人、全部で10人くらい。坂口の担当はシナリオとプログラム少し、全体のまとめ。
・ウィルは85年1月からシナリオ作り。風邪を引いて1週間寝込んでたときに誕生。
・ブラスティーは、85年8月終わり頃から着手。一番苦労したのは、よその会社との応対。
・坂口、プログラマーからシナリオに転向したことについて「ざっくばらんにいっちゃうと、プログラミングの力が追いつかない、とかね(笑)。まあ、向いていないみたいです。閉じこもってコツコツというのが昔から苦手で、表に出たいという……。ロックでもボーカルとギターで、目立つところしかやりたくない(笑)」
・坂口、この時点でまだバイト。『ブラスティー』から給料制。曰く「企画部長あたりをひそかに狙っている」

1985年12月19日木曜日

1985年11月1日金曜日

ログイン 1985 12月号

ページ:170-173
作品:ウィル,デス・トラップ,ジェネシス,アムトラック,ブラスティー
形式:特集記事
人物:
・坂口博信 企画開発部
・田中弘道 企画開発部
・青木和彦 企画開発部
・斎藤哲 副代表
PICKUP:
・デス・トラップの開発がスタートしたのは、昭和59年(1984年)の初め。
・デストラップは正統派、ウィルはウケ線狙い、ジェネシスはストーリー性重視。
・アムトラックは青木和彦が開発。9割方完成しているが青木がブラスティー開発に移ったため開発中断。この時点では来春発売予定。
・ブラスティーではガンプラをコマ撮りしたもので一部コンテを作成
・ブラスティーのデザインの打ち合わせの際、軽い気持ちで行ったら身長やバーニヤの数などをいきなり聞かれ、これはいかんと細かい企画書を後日作成した。

1985年9月1日日曜日

ウィル

発売月:1985年9月
発売機種:PC-8801シリーズ,FMシリーズ,X1シリーズ

出典:パソコンゲーム80年代記 p69

ログイン 1985 10月号

ページ:102-103
作品:サイコロコロコロ
形式:特集記事(プログラム オリンピック2)
人物:
・斉藤さん
副代表
PICKUP:
・坂口博信と田中弘道の写真掲載。
・”アドベンチャーのスクウェア”というイメージができつつあるので、オリジナルはそちら方面で、移植はアクション方面でやりたい。
・坂口は『デス・トラップ』『ウィル』の印税でバリ島へ出かけた。
・『アムトラック』について説明あり。「開拓時代のアメリカ、大西部で鉄道会社を経営するシミュレーションゲーム。1人から4人までプレイに参加できるマルチプレイヤーゲームの意欲作。鉄道路線を敷くゲーム、といってもやることはそれだけではない。鉄道会社経営に必要な用地の買収や資材の購入、ダイヤの整備などは言うに及ばず、町や村の振興のための娯楽設備の充実や治安維持のための投資など、現実の鉄道会社がやっていることのほとんどに頭を使わなければならないのだ。
・『サイコロコロコロ』はPC-8801用のパズルゲーム。

1985年6月24日月曜日

電友社、任天堂との契約締結

契約相手:任天堂株式会社
契約年月日:1985年6月24日
契約の内容:ファミリーコンピュータ用プログラムカセットの開発・製造・販売に関する商標権及び技術情報の供与

有価証券報告書1995年3月期 13ページ
https://drive.google.com/file/d/1423pQC83fsmSwTPyItIIMw9rCXD03Pym/view?usp=drivesdk

1984年10月1日月曜日

デストラップ

発売月:1984年10月
発売機種:PC-8801シリーズ,PC-9801シリーズ,FMシリーズ

出典:パソコンゲーム80年代記 p61

1983年9月1日木曜日

電友社、ソフトウェア制作部門としてスクウェアを発足

発足月日:1983年9月XX日

横浜市港北区日吉本町にて、株式会社電友社のソフトウェア制作部門としてスクウェアを発足

https://web.archive.org/web/19981205153358/http://www.square.co.jp/chist.html