1991年7月12日金曜日

マルカツスーパーファミコン 1991年7月26日号

ページ:120-121
作品:ファイナルファンタジー4
形式:コメント
人物:
・岡宮さん
     スクウェア営業部
・坂口さん
     スクウェア開発部ディレクター
PICKUP
CMの撮影はオーストラリア。親しみやすく目を引く動物ということで、ダチョウを選んだ。
・(開発の苦労話)スーパーファミコンへの期待に対するプレッシャーが大きかった。ハードが変わったことで、限界が分からず全体のバランスが取れずにモンスターは何度も描き直した。イチオシは飛空艇の飛行シーン。『F-ZERO』に凝ってたプログラマーが思いついたもの。

1991年7月4日木曜日

HIPPON SUPER 1991年8月号

FF4
ページ:4-7
人物
・坂口博信
FFシリーズディレクター
スクウェア設立時よりアルバイトで製作参加し、同社の数多くのソフトにおいて、ゲームデザイナー、プログラマ、ディレクター等を務める。現在、(株)スクウェア・代表取締役副社長。FC、SFCの世界では、ファイナルファンタジーシリーズのゲームデザイナー、総合ディレクターとして知られる。
形式:インタビュー

PICKUP:
・新しいシステムで、前作と別の面白さを作っていこう。というのが初期コンセプト。
・今回はプログラムがナーシャではなく、内部のスタッフ。
・FC版FF4は初期コンセプトだけ作った時点でストップ。シナリオも完成していなかった。聖剣伝説になったという噂もあったが、真っ赤な嘘。
・去年の5月に開発スタート。6月に坂口が結婚し1ヵ月遊んで、7月旅行、8月盆休みで、本腰を入れたのは9月。実質開発9ヵ月。後半4ヵ月くらいはほとんど家に帰っていない。
・初期コンセプトやシナリオは5月の時点で完成。
・今回の容量 プログラムはそんなに変わらない。音は5倍。絵は倍くらい。
・マップ上でのキャラクターのアニメーションについては、最初からやりたかった。
・1でクラスチェンジして3頭身になるのは、ものすごく不評だった。
・セシル、最初はワールドマップ上でも仮面を被ってた。
・1~4までの坂口の役割。1:ナーシャと一緒にデータ構造を考えたり。2:シナリオの落とし込み、各イベントを考える作業だけ。3:2とほぼ同じ。4:ディレクター。シナリオには多少タッチ。
・はじめて作ったRPGはブラスティー。デモだけすごい、浅はかな企画だった。
・今回の売りはアクティブ・タイム・バトル。最初作ったのがつまらなく、4,5回作り直した。
・次回作はまだチームもできてない状態。別チームで1本動いているのがある。

1991年6月28日金曜日

聖剣伝説 -ファイナルファンタジー外伝-

機種:ゲームボーイ
発売日:1991.06.28
希望小売価格:4,800円+税


https://www.jp.square-enix.com/game/detail/seiken/

Theスーパーファミコン 1991年7月12日号

p74〜75
スーパーファミコン メーカー見聞録
 Vol.16 スクウェア

・営業部 平田裕介さん
新婚ホヤホヤで、公使ともに充実している平田さんである。

・市場規模が見込める、将来性からスーパーファミコンに参入
・会社のターゲットは小学校高学年から、中学生がメイン。
・結果としてその層が好意をもってくれて、そこだけを意識したわけではない
・FF1のころはコンセプトで言えば、ドラクエと違うものをという意識がすごく強かった
・FF4でスーパーファミコンらしさを伝えられるシーンは、飛空挺と戦闘
・FF4の開発スタッフは今までのFFシリーズの倍以上。途中からサガのスタッフが加わった
・FF4の見どころ。音楽。ATB。回転拡大縮小。

1991年6月21日金曜日

ファミリーコンピュータマガジン 1991.7.5

p50-51
FF4
坂口博信

インタビュー

・SFCだから、スーパーなFFを作らなければという思いで制作
・クリスタルじゃなくてもよかった。 1のとき地水火風をどういう形で表現しようかというとき透明感のあるものにしようってことになった。
・ジョブチェンジに期待があったかと思うが、4はストーリー重視で作りたかった
・4での主人公は最初悪者でスタートしたかった
・飛空艇の飛行シーンは、SFC発表されたときの飛行機のデモ画面を見たプログラマーが勝手に作成
・音楽はアクトレイザーのオープニング音楽を聞いて刺激された
・最大のウリはない、全てがウリ