2008年1月8日火曜日

ヴァナ・ディール通信 Vol.5

P175 特別放談「ヴァナ・ディールの空の下で」 田中弘道×ルパン小島

・田中の20年前の話

当時は26歳。FF2を作っているころ。

FF1が出たのと田中が結婚したのが同じころ。


結婚してそのあとすぐにアメリカへ機材を持ち込み、ひと月ほどナーシャのところで開発。

ナーシャは筋肉質でがっちり、顔は中東系の濃い感じ、元々はイランの王族だったという話。

ナーシャは赤いフェラーリに乗っていた。


ファミコン版のエイリアン2は、田中とプログラマーとグラフィッカーの3人という最少人数で開発。プログラマーが逃げ出してお蔵入り。


別のゲームの話。プログラマーと同じマンションに住んでいたミュージシャンが近所のよしみで制作に参加してくれたこともあった。その人はのちに某有名バンドのリーダーになった。

そのゲームで京都の某所に泊まり込みで仕上げて、京都の街に飲みに行き朝日が昇ったころにバグ報告が来たことも。完成したのは発売日の2日前。


FF3開発でアメリカに行ったときは、みんなで「ガンヘッド」をやっていた


最初に開発に参加した『3156corocoro』、社内の事情でボツになり、その後何年か経ってダンプリストをログインに掲載させてもらった。掲載料は5000円くらい


昨年の年末にFF20周年ということもあって、初期FF開発メンバーの集まりがあった。