そういえば1章「持たざる者」、2章「利用する者される者」、3章「偽らざる者」ときて、4章が「愛にすべてを」というのは意味不明みたいな質問が以前あったっけ。— 松野 泰己 (@YasumiMatsuno) 2014年3月19日
たしかに愛とは無縁の物語が展開するので、???となるのは当然のことだろう。もちろんそれを狙っている部分もある。(続)
続)以前のツイートでFFTは元々ラムザとディリータ、それぞれの視点からゲームを展開する予定だったと書いた。二つのシナリオが同時並行で進むという仕組み。物語が分岐していくTオウガとの違いを入れるためでもあったが、開発期間の関係上、早々ボツにしたプランであった。(続)— 松野 泰己 (@YasumiMatsuno) 2014年3月19日
続)結果としてラムザ篇のみの構成となり、ディリータの活躍はイベントシーンでのみ語られるという形となったのはプレイされた方ならおわかりであろう。— 松野 泰己 (@YasumiMatsuno) 2014年3月19日
丁度、ラストの台詞について言及されたツイートがあったが、物語のオチはそこにある。(続)
続)すべてを手に入れて(広義の意味で友情を含む)愛を失ったディリータと、すべて(家柄や地位等)を失ったが愛を手に入れたラムザ。この対照的な二人の生き方が物語のテーマの1つでもあった。— 松野 泰己 (@YasumiMatsuno) 2014年3月19日
だが、ディリータ篇を実装できなかったこともあり、少々わかりにくいオチであった事は否めない。(続)
続)そこで4章のタイトルである。元ネタがQueenの名曲『Somebody to Love(愛にすべてを)』であることはコアファンならご存じのはず。注目していただきたいのはその歌詞だ。語ることのできなかったディリータの想いや言葉を感じ取っていただけるのではないだろうか。— 松野 泰己 (@YasumiMatsuno) 2014年3月19日
書き方が悪かったんですけど、最終的にはラムザ篇100%+ディリータ篇20%ぐらいな構成になってるんですよね。たしかに完全版ではないですが。@palabellum (略)ディリータ編も収録した完全版みたいな形で出す機会はもうないんだろうなぁと寂しくも思い(略)— 松野泰己 (@YasumiMatsuno) 2014年3月20日
鼎談でも触れてますが、FFということもあって元々ライトな物語にするつもりだったんですよ。「善悪ではなくイデオロギーの違いが対立を生む」というのはオウガシリーズのテーマなので、それをそのまま持ち込むのには抵抗がありました。ディリータ編を削ったのは開発期間がないというのもありますが(続— 松野泰己 (@YasumiMatsuno) 2017年12月23日
続)ディリータ編はオウガのテーマと被る要素が強いので、それもあって、あっさりとカットしたというのもあります。少なくとも当時の自分としては「不要」だと感じていたわけです。ただディリータ編は物語全体に影響与えているため、中途半端なライトへのシフトになったという反省はありますね。— 松野泰己 (@YasumiMatsuno) 2017年12月23日