なんか、「昔のゲーム翻訳って超ダサかったよね」とか言われてがっくし。昔はさ、文字はぜんぶグラフィックだったし、日本語と同じ文字数かそれ以下で英語にしないといけなかったり、改行も制御コードを書き込んでおかないといけなかったりしたんだよ。今とは苦労のしどころがちげーんだよ。— 土屋きゃろにゃん (@Carotter) March 12, 2013
1 つのメッセージを 3 行に入れないといけないとかいう制限の中で、さらに単語中に改行いれないとか、キャラクター名の分の文字数 (英語は前後スペースの分多い) あけるとかいう超絶制限の中で、テキスト圧縮まで駆使してカミワザ的にミラクルな感じで実現してたのだよ。— 土屋きゃろにゃん (@Carotter) March 12, 2013
せっかくちゃんと愛をこめて訳したメッセージも、容量足りずに (だいたい 1/10 にしないといけなかった) キャラがぜんぶ電報みたいな喋りかたになっちゃうのを、涙を呑みながら修正加えていったもんさ。 *遠い目*— 土屋きゃろにゃん (@Carotter) March 12, 2013
っていうかおいらがゲームのローカライズしてたのは 1990 年~とかだからな。ファミコンとかスーパーファミコンの時代だからな。そのころインハウスでローカライズやってたひと誰もいなくて、この苦労話を共有できるひとが他にいないのがさびしいであるw— 土屋きゃろにゃん (@Carotter) March 12, 2013
スクの 1990 年~ 1994 年の海外版はおいらがやってまフ。 Spoony bard はおいらのせいです ( ´∀`)! 達観しちゃった賢者がののしり言葉なんか使わないよね!?とか悩んだあげくに変なこと言わせてみたのだけど、外注翻訳だったらありえないよねw— 土屋きゃろにゃん (@Carotter) April 4, 2013
メンションじゃないつぶやきにマジレスするとw、わたしの立場は翻訳者じゃなくて開発部の海外版開発担当さんだったので、海外版を出すために必要な作業は (できる限りで) なんでもやってました。プログラム的なことは別のひとたちにおまかせだけども。— 土屋きゃろにゃん (@Carotter) April 4, 2013
なので世間一般の翻訳者さんたちよりは内容的にはずっと自由度が高かったです。コードにエンベッドされてるテキストの範囲ではキャラのアクションとか改ページとかも自在でした。ただし容量だけは今では考えられないほど制限されていたので、その辺の工夫をするのがお仕事でしたのですよ。— 土屋きゃろにゃん (@Carotter) April 4, 2013
海外版を「出せる状態にする」のがお仕事だったので、ドイツ語の翻訳テキストをコードに埋め込んだりするのもお仕事でした。ドイツ語一言もわかんないのにナ (´Д`)ゞ— 土屋きゃろにゃん (@Carotter) April 4, 2013
そんなわけで、海外版のプロジェクトマネージメントという呼び名になるので、「ゲーム翻訳してたひと」って感じの名乗り方はしていないのです。(下訳してくれてたひとたちはそう名乗ってると思う。)— 土屋きゃろにゃん (@Carotter) April 4, 2013